2016/11/19

『12 Rooms 12 Artists――UBSアートコレクションより』東京ステーションギャラリー


 
 
 
民間企業の現代美術コレクションとして世界で最大規模を誇るUBSアート・コレクションがこの夏、東京ステーションギャラリーに集結します。

今年日本で設立50周年を迎えるグローバル金融グループUBSは、現代美術を中心に長らく芸術活動をサポートしてきました。その活動はとりわけ、アートフェア「アート・バーゼル」に対する支援や、ソロモン・R・グッゲンハイム財団と共同で主宰する異文化間プロジェクト「グッゲンハイムUBS MAPグローバル・アート・イニシアチブ」で知られます。また、1960年代以降の変転めざましい美術に焦点を当てるUBSアート・コレクションは、絵画、版画、写真、ヴィデオアートや彫刻までを含む多様な分野をカバー。地域も欧米とアジアを中心に幅広く、じつに30,000点以上もの作品を蔵しています。

本展は、歴史ある駅舎を展示室とする東京ステーションギャラリー独自の空間を12の部屋の集合に見立て、その一部屋ごとにUBSアート・コレクションから厳選した12作家を当てはめます。それぞれ30点弱を出品するルシアン・フロイドとエド・ルーシェイを軸に、絵画、写真など約80点を展示いたします。日本でまとめて見る機会の少ない作家の紹介とともに、当館ならではの趣のある空間を鮮烈な作品で読み替える試みをお楽しみください。

○出品作家(生年(没年)、出身国)
荒木経惟(1940, 日本)
アンソニー・カロ(1924-2013, 英国)
陳界仁 チェン・ジエレン (1960, 台湾)
サンドロ・キア(1946, イタリア)
ルシアン・フロイド(1922-2011, 英国)
デイヴィッド・ホックニー(1937, 英国)
アイザック・ジュリアン(1960, 英国)
リヴァーニ・ノイエンシュヴァンダー(1967, ブラジル)
小沢剛(1965, 日本)
ミンモ・パラディーノ(1948, イタリア)
スーザン・ローゼンバーグ(1945, アメリカ)
エド・ルーシェイ(1937, アメリカ) 
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201607_12rooms.html [2016/09/11]

IMTについて(雑感)



 
 
 なんとなく鼻についてしまったこのIMTという施設です。デザイン性と審美性を徹底的に極めた内装と展示の構成に感心しながらも、美しく迫力をもって陳列された展示品たちがどこか心に残ることなく上滑りしていくようで、展示品が没頭することができなかった。その違和感は、インターメディアテクの設立に関する文書を見た時に確信へと変った。展示の「学術の啓蒙と普及を通じ」と謳うのは明らかに「上から」という感が否めないし、「旧帝国大学」の威信に未だにしがみついている印象も受けてしまう。ここから従来のあからさまなわざとらしさとは異なる方法で「教育」をするのだ、という意識が生まれてくるのだろう。確かに通常の博物館との差別化を図るために「気取り」を隠すことなく披見することは、一周回って斬新にも感じられるものの、果たしてそれが功を奏しているかどうかは疑問。実際、鑑賞者はなんだか「へぇ凄いね東大って」としか言っていないようにきこえたので。私はどちらかといえば、「教育」していることを巧妙に隠すようなやり方よりも、一緒に「学び」を、と鑑賞者に寄り添った博物館の方針のほうが好ましいように思う。おかしいね、「来場者をばかにしすぎ」的な問題意識が裏目に出てしまった?それとも中途半端な出自の私が過敏になっているだけなのか。

菅実花さん個展『The Future Mother 未来の母』








【Exhibition】
《The Future Mother 未来の母》
ラブドールは胎児の夢を見るか?シリーズより
2016.10.25(tue)-29(sat)

【Talk Event】
"The Future Mother ―妊娠するラブドールを考える"
対談 菅実花×小谷真理
2016.10.27(the)18:30-19:30(18:15開場)

慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎1F



 様々なご縁が繋がって実現した展示。初めてこの作品を見てうんうん唸っていた時に、この展示が自分の母校で実現することになるとは夢にも思っていなかった。

 日吉の教員棟である来往舎、壁や仕切りなどもなく入った途端にあらわれるので、前を通る教員や学生には必ず目に入る。ガラス張りの壁が作品にとって吉と出るか凶と出るか、といったところであったそうだが、微笑みを湛えて自身の裸体を誇らしげに披露する姿には、私自身は素直に、神々しく本当に女神か聖母であるかのような印象を受けた。バックにアカペラサークルの学生たちの歌声が流れているのは、この会場らしいBGMということで…。

  この作品について大学の授業で簡単な発表をすることになり、そのときに使用したレジュメのトピックのメモ。発表時には、この作品が実物の人形ではなくあくまでも「写真作品」であるということの意義を捉えきることが出来ていなかったように思う。ラブドールによる「セルフィー」であることについてもう少し考えてみたい。

 ○未来の生殖の在り方への想像力の喚起
○ラブドールについて
○「独身者機械」的観点から
○マタニティー・ヌード・フォトについて
○妊婦の人形について
○ジェンダー的な位置付けという観点から
○「怪物monstre」 の観点から――妊娠したラブドールは怪物か?
 - 人形の怪物性/妊婦の怪物性/「人造美女」の怪物性…?


 女性を、仮に「生む↔生まない」、「セックスする↔セックス」の対立を軸にとって四象限で表わすということをしたときに、そこにあらわれる少女・娼婦・母・聖母のうち、これまで少女と娼婦にしか関心をもつことができなかった私にとって、今回の作品に正面から向き合って考えることは半ば苦行に近いものがあった。でもこの先、そちら側をずっと無視し続けることはできなかったわけだし、色々と考えることにもつながったので良い機会だったと思います。

Introduction 
美術家、菅実花氏の作品「《The Future Mother 未来の母》ラブドールは胎児の夢を見るか?シリーズより」は、いわゆるマタニティー・ヌード・フォトです。しかし妊娠しているのはなんとラブドール! 強烈な印象を残すこの作品は2016年1月に発表されるや、インターネットを中心に大きな反響を呼びました。インタヴュー記事の閲覧数は実に1000万回を越えたといいます。人形は人形であるがゆえに妊娠しないはず、男性用の愛玩人形であればなおさらです。彼女たちの美しい姿はなにを表わしているのでしょう? 誇らしげなその笑みの裏にはなにがあるのでしょうか? 作品は、テクノロジーの進歩が出産と性のあり方に大きな揺さぶりをかけている現代、そこに生きる私たちに多くの問いを投げかけてきます。

本企画では1月以来初の「The Future Mother」展覧会を日吉キャンパスでおこなうとともに、作者の菅氏、そして作品の鍵でもある〈サイボーグ・フェミニズム〉理論の日本への紹介者、小谷真理氏をお迎えし、作品について存分に語っていただきます。みなさんも一緒に、妊娠したラブドールについて考えてみませんか?
 
慶應義塾大学 新島進(コーディネーター)
「自由研究セミナー 独身者機械を考える」担当

http://thefuturemother.tumblr.com/ [2016/11/19アクセス]
 

『土木展』21_21 DESIGN SIGHT 、『Fiona Tan "Recent Works"』WAKO WORKS OF ART、『草間彌生|モノクローム』OTA FINE ARTS、


 
 
 
 この日は確か、ROPPONGI DAYという感じでした。ピラミッドのビルではネルホル、フィオナ・タン、草間彌生などの展示。そして乃木坂方面へ向かい、ミッドタウンでガレ展と土木展。どれも良かった。
 土木展みたいなの、楽しいので子どもたちも喜ぶだろうと思う…。



快適で良質な毎日の生活を支えるため、街全体をデザインする基礎となる土木。道路や鉄道などの交通網、携帯電話やインターネットなどの通信技術、上下水道、災害に対する備えなど、私たちの日常生活に必要不可欠な存在です。「土」と「木」で表す土木は、私たちの生活環境そのものであり、また英語ではCivil Engineeringと表現されるように「市民のための技術」なのです。

現在の日常生活の土台は、古来の伝統技術、近代における研究と技術の発展など、多くの努力と工夫が積み重なって形成されています。しかし、私たちの毎日の暮らしは土木とつながっているにもかかわらず、それを実感する機会は多くありません。また、多様な環境と対峙しながら生活の基礎を築くことも、土木の重要な側面です。

これらのことを改めて見つめ、再発見と実感を通して、より良い未来を考えるきっかけとなるよう、21_21 DESIGN SIGHT企画展「土木展」を開催いたします。本展では、展覧会ディレクターに、全国の駅舎や橋梁の設計、景観やまちづくりなどのデザインを手がけ、土木と建築分野に精通する西村 浩を迎えます。また、土木のエキスパートたちによる展覧会企画チームと、参加作家のデザイナーやアーティストがリサーチを行い、幅広く多くの皆様に、より深く土木を知っていただく作品を展示します。

地形や自然環境は各地で異なり、人々が活動するために必要な社会基盤も、地域によって異なります。土木展では、日々の生活の根底を支えるデザインを伝え、生活環境を整えながら自然や土地の歴史と調和するデザインについて考えます。 
http://www.2121designsight.jp/program/civil_engineering/ [2016/11/19]


本展では草間彌生のモノクロームの世界観を「無限の網」と呼ばれる絵画シリーズを中心にご紹介いたします。一見、白やグレーで塗られた単色の平面にみえますが、近づくと緻密な筆致で描かれる無数の弧の集積が画面を成していることがわかります。ひとつひとつの弧が孕む凹凸や濃淡によって微妙に変化し続ける表面は、強い物質性を保ちながら限りなく繰り返されるリズムを生み、鑑賞者の視線を釘付けにします。
草間彌生は今日、水玉や南瓜などのモチーフ、カラフルでポップな作品でよく知られていますが、その原点はモノクロームの「無限の網」のシリーズにあるといえます。1959年、ニューヨークではじめて発表された同シリーズは、黒い背景を白い網目で覆い尽くし、一層の白でグレーズするという手法で描かれました。その高い独自性と芸術性は「日本人であり、女性」という作家としての物珍しさを超越し、ドナルド・ジャッドやドア・アシュトンら美術評論家たちの賞賛を浴びます。
草間によると「水玉」の集積を反転したものが網の目であり、両者はネガポジの関係にあります。これらのパターンの反復手法の出発点はどこにあるのか。 ―カンヴァスに向かって網点を描いていると、それが机から床までつづき、やがて自分の身体にまで描いてしまう― 幼少期から身の回りが網や水玉などの同じ模様で覆い尽くされるという幻覚に襲われていた草間は、強迫観念に駆り立てられながら同じモチーフを繰り返し描くことで、自らの内的イメージを解放し恐怖を克服してきたといえます。
世界的な芸術家となった現在も折りにふれ原点に立ち返るように描かれる「無限の網」は、草間にとって重要な作品群であることが伺えます。本展のために描かれた新作3点を含む5点の「無限の網」と、「水玉」1点をこの機会に高覧ください。


http://www.otafinearts.com/ja/exhibitions/2016/post_113/ [2016/09/11]

    『Nerhol|multiple - roadside tree』YKG

Yutaka Kikutake Galleryでは、6月11日から7月30日までNerholの個展「multiple - roadside tree」を開催いたします。

Nerholは5月21日から8月28日まで金沢21世紀美術館にて、国内美術館では初めてとなる展覧会「Promenade」を開催中です。「Promenade」では、伐採処分された街路樹をモチーフに制作された最新シリーズ「multiple-roadside tree」から縦240cm、横300cmにおよぶ、これまでになくスケールの大きな作品を展示していますが、本展の開催に当たってNerholはmultiple(量産されるもの)という言葉が示すように、街路樹を細かく輪切りにして撮影された百数十枚の写真から、50パターンにおよぶ作品をA3サイズにて制作し、同タイトルの展覧会カタログとして纏め上げました。

Yutaka Kikutake Galleryでは、展覧会カタログの原版となる50点の作品を不定期に入れ替えながら、同シリーズの全貌を紹介する展示を行います。

街路樹という個々の個体差はとても豊かながら、匿名の集合体として認識されることも多い植物に再び姿を与えなおすようにして作られた作品たちは、量産される匿名の「商品」に囲まれた都市型の社会を拡大し続ける私たちに、少し立ち止まりより視野を広げるきっかけを与えてくれるようです。
 

『聖なるもの、俗なるもの――メッケネムとドイツ初期銅版画』国立西洋美術館


 
 
 『メッケネムとドイツ初期版画展』。楽しかった。良い展示。私がメッケネムという名前を知ったのも初めてだったし、そもそもこの時代にも地域にも詳しくなく、事前知識もほとんどなかったのですべてが新鮮でいろいろな発見だった、というのも大きいかもしれないけれども。
 とはいえそういう人がほとんどであるということを配慮してくれているようすで、展示の説明書きも、キャプションも非常に丁寧で分かりやすい。聖のあとに俗が置かれ、といった構成の工夫のために当時の美術の在り方もうかがえる。聖人信仰として使われたものや、免罪機能を持つ版画などもあったそう。
 
 版画が流行していた当時において、コピーの制作はありふれていたもので、「贋作」として咎められることがなかったという。メッケネムの作品の中には、コピーであるためにオリジナルの作品と左右反転しているものも多い。 
 
 興味深かったこととしては、銅版画と金銀細工の関係について。版画がデザインの見本を提供するという役割を持っていたらしい。金細工を手掛けている版画家もいる。デザインの中には、植物文様の中に人物が配置されているものが面白かった、なんとなくグロテスク文様ぽいというか。
 
 あとは、風刺画の中ではその多くは男性が情けない様子で女性優位に描かれていること。民衆レベルでは、女性が強い、という認識だったのかしら…?
 

イスラエル・ファン・メッケネム(c.1445-1503)は、15世紀後半から16世紀初頭にライン川下流域の町で活動したドイツの銅版画家です。当時人気のショーンガウアーやデューラーら他の作家の作品を大量にコピーする一方、新しい試みもいち早く取り入れました。また、作品の売り出しにも戦略を駆使するなど、その旺盛な活動から生まれた作品は今日知られるだけでも500-600点あまりにのぼります。

メッケネム作品の多くはキリスト教主題をもち、人々の生活における信仰の重要性をしのばせます。もっとも、像の前で祈る者に煉獄での罪の償いを2万年分免除する《聖グレゴリウスのミサ》など、なかには当時の信仰生活の「俗」な側面が透けて見えるものも含まれます。また、当時ドイツの版画家たちは、まだ絵画では珍しかった非キリスト教的な主題にも取り組むようになっていましたが、メッケネムも、男女の駆け引きや人間と動物の逆転した力関係などをユーモアと風刺を込めて描いています。

本展は、ミュンヘン州立版画素描館や大英博物館などからも協力を得て、版画、絵画、工芸品など100点あまりで構成されます。聖俗がまじりあう中世からルネサンスへの移行期にドイツで活動したメッケネムの版画制作をたどるとともに、初期銅版画の発展と受容や工芸との関わり、コピーとオリジナルの問題、作品に映された当時の社会の様相などにも目を向けます。 
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2016meckenem.html [2016/09/12]
 
 
 

『From Life―写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展』三菱一号館美術館





 
 
 







 
 
 
 ああとっても19世紀~、な、三菱一号館美術館らしい企画展。19世紀の女性写真家・マーガレット・キャメロン。
 
 ポートレートが中心であるが、身近な人をモデルに、聖書や歴史、寓話に登場する人物に見立てて撮影された写真には、写真でこういう表現があったのかと少し驚いた。ルネサンス期絵画を思わせるような肖像や聖母群などの宗教的主題を扱うことには、当時から賛否両論があったようである。
 クラックや指紋など、当初は技能の未熟さであると捉えられていたものがかえって写真の味を出すものとして捉えられてからは、次第に意図的に焦点をずらしたり、ネガに傷を付けることであえてボケたような、絵画的効果を狙った写真が作られるようになる。
 
 女性の写真家、ということだけれども、個人写真にしても集合写真にしても、多く展示されていたのは女性モデルのものがほとんどであるし、女性同士の親密さを表現した作品が目立つ。それから聖母子像風の作品も。彼女が、自身が「女性」の写真家であることを強く意識した写真家だったということが見て取れる。
 
 
 キャメロンはもちろんよかったけれど、ミュージアムショップの、エマーソン、スティーグリッツ、サリー・マンの写真集に魅入られた…。



1863年末に初めてカメラを手にしたジュリア・マーガレット・キャメロン(1815-79)は、記録媒体にすぎなかった写真を、芸術の次元にまで引き上げようと試みた、写真史上重要な人物です。インドのカルカッタに生まれ、英国の上層中流階級で社交生活を謳歌していた彼女は、48歳にして独学で写真術を身につけ、精力的に制作活動を展開します。そして、生気あふれる人物表現や巨匠画家に倣った構図を追求するなかで辿りついたのは、意図的に焦点をぼかし、ネガに傷をつけ、手作業の痕跡をあえて残す、といった革新的な手法でした。 
本展は、キャメロンの生誕200年を記念し、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が企画した世界6カ国を回る国際巡回展であり、日本初の回顧展です。キャメロン絶頂期の極めて貴重な限定オリジナルプリント(ヴィンテージプリント)をはじめ、約150点の写真作品や書簡などの関連資料を通じて、キャメロンの制作意図を鮮やかに際立たせつつ、彼女が切り拓いた新たな芸術表現の地平を展覧します。http://mimt.jp/cameron/midokoro.html [2016/09/11]

『Frida is――石内都展』資生堂ギャラリー ほか


 
 
 
  フリーダ・カーロは実はあまり作品をよく見たことがなかった。彼女のことをもっと早くに知っておくべきだったと思う。彼女の遺品たちを、石内都さんが撮影した写真の展示。
 
 
 表象文化論学会の2016年度の秋の研究集会では、フリーダ・カーロをテーマにした発表があった。その時に「植物」がモティーフとして頻出していることが取り上げられていて、確かに「植物」と「身体」の融合なのである。ああこれはまさに私の領域じゃないか、という…。
 
 ほかの発表との関連もあって、「痛み」というのは女性の身体に関連付けられやすい特別な理由が何かがあるのか、という内容の質問が会場から投げ掛けられた。それはまず絶対にそうであることは間違いないのだけれど、「言うまでもないじゃない」という気持ちが先に立ち、いざ説明しようとすると要点がまとまらない。それって私の関心にとっては決定的に本質的なことなので、今後の課題…。
 
資生堂ギャラリーでは、2016年6月28日(火)から8月21日(日)まで、日本を代表する写真家、石内都の個展「Frida is」を開催します。本展では『Frida by Ishiuchi』、『Frida 愛と痛み』シリーズより31点の作品が展示されます。

2012年、石内はメキシコシティにあるフリーダ・カーロ博物館からの依頼により、メキシコを代表する画家、フリーダ・カーロの遺品を3週間にわたり撮影しました。

フリーダの生家でもある≪青い家≫と呼ばれる博物館で、彼女の死後50年となる2004年に封印を解かれた遺品には、フリーダが身に着けていたコルセットや衣服、靴、指輪などの装飾品に加え、櫛や化粧品、薬品などが含まれていました。石内はこれらの持ち物を丹念に配置し、35ミリのフィルムカメラを手に、自然光の中で撮影しました。フリーダと対話をするように撮った写真は、波瀾に満ちた人生を送ったヒロインとしてのフリーダではなく、痛みと戦いながらも希望を失わずに生き抜いたひとりの女性の日常をとらえています。石内は「同じ女性として、表現者として、しっかり生きた一人の女性に出会ったということが一番大きかった」と言います。

フリーダのシリーズの作品は2013年11月に「PARIS PHOTO 2013」で初公開され、メキシコの出版社・RMより写真集が発売されました。2015年にはマイケル・ホッペン・ギャラリー(ロンドン)で初の大規模な展示が行われ、日本では石内のメキシコでの撮影過程に密着したドキュメンタリー映画『フリーダ・カーロの遺品 ―石内都、織るように』(監督:小谷忠典)が話題を呼びました。

http://www.shiseidogroup.jp/gallery/exhibition/past/past2016_04.html [2016/10/02]
 


「エミール・ガレ」展 サントリー美術館


 
 
  ここ最近で行ったガレの展示のなかでは一番好きだった、という気がする。祖国・異国・植物学・生物学・文学という5つの柱を軸にした構成で、スタンダードではあるけれど、バランスが取れていたのかな。


第一章 ガレと祖国
第二章 ガレと異国
第三章 ガレと植物学
第四章 ガレと生物学
第五章 ガレと文学
エピローグ ガレの究極


19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ都市部を中心に沸き起こったアール・ヌーヴォー[新しい芸術]。絵画や彫刻、建築に限らず、生活の隅々にまで良質な芸術性を求めたこの様式は、幅広いジャンルの美術工芸品を発展させ、人々の暮らしを豊かに彩りました。こうしたなか、フランス東部ロレーヌ地方の古都ナンシーで、ガラス、陶器、家具において、独自の表現世界を展開したのが、エミール・ガレ(1846-1904)です。

詩的で、幻想的、そして象徴的なガレの作品は、器であり、テーブルであり、形こそ用途を保ちながら、それに留まらない強いメッセージを放っています。見る者の内に深く染みわたり、心震わす彼の芸術性は、愛国心や異国への憧憬、また幼い頃から親しんだ植物学や生物学、文学などへの深い造詣に裏付けられています。

本展は彼の創造性を、その源となった5つの柱から捉え直し、頂点を探る試みです。国内有数を誇るサントリー美術館のガレ・コレクションから選りすぐりのおよそ100件が一堂に会するとともに、国内の未発表作品約20件を公開することとなりました。またオルセー美術館の特別協力により、日本初出品となるガラス器や、彼の鋭い洞察力と制作過程を示す重要なデッサン類約40件をご覧いただける機会です。詩情豊かな光と影、ガレ・ワールドの醍醐味をお楽しみください。

http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_3/

2016/10/02

「メアリー・カサット展」横浜美術館


 
 
 印象派の女性画家…、いつか一周回って好きになれる日がきたらよいな。(?)
 
メアリー・カサット(1844-1926)は、米国ペンシルヴェニア州ピッツバーグ郊外の裕福な家庭に生まれました。画家を志し、21歳のときに父親の反対を押し切ってパリに渡りました。古典絵画の研究から出発し、やがて新しい絵画表現を模索するなかでエドガー・ドガと運命的な出会いをとげ、印象派展への参加を決意します。カサットは、印象派から学んだ軽やかな筆遣いと明るい色彩で家庭の情景を描き、独自の画風を確立していきました。特に母子を温かい眼差しで捉えた作品は人々の共感を呼び、カサットの名を不朽のものとしています。晩年には、その業績に対しフランス政府からレジオン・ドヌール勲章が授与されました。女性の職業画家がまだ少なかった時代に、さまざまな困難を乗り越えて意志を貫いたカサットの、力強くエレガントな生き様は、現代の私たちにも勇気を与えてくれるでしょう。  

本展では、カサットの油彩画やパステル画、版画の代表作に加え、エドガー・ドガ、ベルト・モリゾなど交流のあった画家たちの作品、画家が愛した日本の浮世絵版画や屏風絵なども併せて約100点を展観し、初期から晩年にいたるまでのカサットの画業の全貌を紹介します。日本では35年ぶりの待望の回顧展となる本展は、愛にあふれるカサット芸術の真髄に触れる貴重な機会です。  
http://yokohama.art.museum/exhibition/index/20160625-465.html  [2016/10/02]

「Radical Democracy」ASAKUSA

 サンチャゴ・シエラとトーマス・ヒルシュホーン。クレア・ビショップの「敵対と関係性の美学」で扱われていた二作家の作品、書籍の紹介やインタビュー映像等。ギャラリー自体が古民家を改装したという面白いところで、入る時にも本当にここで合ってるかしら…?と少し不安になってしまった。

 展示は小規模ながらインパクトの強いものだった。印象に残っているのはシエラの作品“133 Persons Who Dyed Their Hair ”(2001)、流れ作業式に雇われたひとたちの髪を脱色していく作業を記録した映像。強制収容所を連想してしまう。作業は淡々と進められ、和やかとはいわないが殺伐としているわけでもなく、美容師たちも脱色を受けている人たちも笑みを浮かべたりもしているのに、どこか異様な光景で薄ら寒さを覚えた。頭髪とはいえ、身体に加工、変工を加えるというのはやはりある種の暴力的な行為といえるのだろうか。色を抜いているわけだから、そのあたりにも何かしらの含みを感じる。いずれにせよ染髪が100人以上の規模で行われている図は見ていて気持ちの良いものではない……、ということを実際に感じることができたのは、展示に出向いた大きな収穫だったと思う。

『パロマンポルノポスター展 by Gaku Azuma』ポスターハリスギャラリー




 
 
 アツコバルーのエロトピア・ジャパンと同時期に開催していたもの。東學さんは以前の展示で好きになったけど、今回はかなり趣向が違う。
 
 へええ、なるほど…しかし、ロマンポルノというのものに全然詳しくないので、実際のそういう類のものの、どのあたりを揶揄していたりとかパロっているのか、というのはいま一つピンと来なかった。でも制作していてきっと楽しいんだろうなということは想像がつく。いいな、実践できて。

『「神は局部に宿る」都築響一 presents エロトピア・ジャパン展』アツコ・バルー








 
 行こうか、行くまいか、さんざん悩んだけど結局会期末近くになって訪問を決意。ひとりでこの類のものに出かけることに対して何も感じないというわけではない。だけど、家が近いし、通りがかりだし、仕方ない。話題性もあるし、ほら、風俗って、都市史とかすごい関係あるし。
 
 秘宝館、ラブドール、ラブホテル…といった内容についての考察は、たまに本が出ていたりするけれど研究書というよりサブカル書のイメージ。専門家の方とかいるのだろうか。ともかくこのテーマの展示が渋谷の立派なギャラリーで開催された、ということには大きな意味があると思う。失われつつあるエロ文化。個性豊かでトンデモなラブホテルたちが風営法の強化によって淘汰されつつあるというように、猥褻なはずのものさえオシャレなものとなりつつあることを嘆くべきなのかどうかは知らない。しかし変わりゆくものとして捉えておくのはだいじな試み、たぶん。地味に波がきているのかもしれない。
 


日本を訪れる外国人観光客は、氾濫する性的イメージにいきなり圧倒される。通りにはみ出す風俗看板に、路傍でチラシを配るメイド少女に、DVD屋のすだれの奥に、コンビニの成人コーナーにあふれ匂い立つセックス。そしてハイウェイ沿いに建つラブホテルの群。

この息づまる性臭に、暴走する妄想に、アートを、建築を、デザインを語る人々はつねに顔を背けてきた。超高級外資系ホテルや貸切離れの高級旅館は存在すら知らなくても、地元のラブホテルを知らないひとはいないだろうに。現代美術館の「ビデオアート」には一生縁がなくても、AVを一本も観たことのない日本人はいないだろうに。そして発情する日本のストリートは、「わけがわからないけど気になってしょうがないもの」だらけなのに。

ラブホテルもイメクラも秘宝館も、その作り手たちは、自分がアートを作ってるなんて、まったく思っていない。彼らが目指すのはただ、自分と受け手の欲望と妄想をもっとも完璧に満足させる装置である。性欲と金銭欲とを両輪にドライブしつづける、そんな彼らのクリエイティヴィティの純度が、いまや美術館を飾るアーティストの「作品」よりもはるかに、僕らの眼とこころに突き刺さってくるのはどういうことだろう。アートじゃないはずのものが、はるかにアーティスティックに見えてしまうのは、なぜなんだろう。

さげすまれ、疎まれることはしばしばでも、敬意を払われることは決してないまま、それらはひそかに生き延び、いつのまにか消えていく。

日出づる国のブラインドサイドに響く、その歌が君には聞こえるだろうか。

都築響一



○展覧会に寄せて 
都築響一の仕事はユニークで筋が通り、とにかく勇敢である。芸術と言う肩書きを持たないが心打つもの、周りからは変人としか見られていないが自分の価値観を曲げずに生きている自由な精神を持つ人達を取材すること何十年。彼のメールマガジンには毎週、紙ページにしたら60ページくらいになるかと思う記事が載せられている。

○隠れた、でも実は有名な日本文化
テーマは「エロ」である。昭和30年生まれの女子である私は躊躇した。男性の飽くなき性欲とか妄想、と言うのは辟易するテーマ(実は不快)である。しかし自分に張り付いた社会の道徳や取り決めを取り払って観察すると、日本の「エロ」は確かに特殊で詩的ともいえる。ラブホやイメクラには物語があり、物語に男性は酔う。実際いやらしいのだが、西洋のそれのように後ろめたく陰湿ではなく遊び心にあふれている。西洋の「エロ」がおぞましい肉と肉のぶつかり合いに終始するのとは全然違うのだ。いかに男性の精神と体が複雑になれるかを表している。日本の「エロ」は文化的で進歩形だと思う。

○神は本当に局部に宿るのか
国や社会は個人を統制する大きな機械である。しかしどんな精巧な機械の下でも、凡庸な個人が自由を味わえる瞬間がある。それは恋愛、セックス(結婚ではなくて)、お酒、ドラッグ、そしてアートによってもたらされる。故にセックスは悪いもので隠れて行われるべきと思われる。しかし上記のものをたしなんでいる時、人は完全に自由な個人として宇宙に存在する事ができる。その瞬間の継続を探るのが哲学であり宗教である。

○なぜ、今「エロ」なのか?
世界が不安である。日本の社会も同様だ。いくら亀のように手足を引っ込めてやり過ごしたくても、私たちは嵐に巻き込まれている。そんな時代が20世紀の初めにもあった。第一次大戦前夜である。戦争に走る世論の中で平和運動に身を投ずる者もいれば、個人の精神と妄想、神秘的な経験に自由を求めた学者や芸術家達もいた。それは現実逃避ではなく、怒濤に飲み込まれない精神の自由を勝ち得る為の手段だった。彼等とは、アールブリュットの作家を取り上げた人たちやユングやシュタイナー*である。しかし、そんな遠い国の昔の文献を読まずとも、我々には運の良い事に都築響一がいる。エロの楽園、エロトピアに遊びにきてください。この名もなき芸術家(?)達の提示する妄想のブレーンストーミングを受ければ、あなたにも社会に惑わされない強いエゴ=エロが出てくるはずです。

*ユングとシュタイナー:2013年のヴェネチアビエンナーレのエントランスを飾った強烈な展示はユングのレッドブック(精神病患者の妄想を彼が絵にした巨大な赤い本)とルドルフ・シュタイナーの黒板(彼の講義中に描いた黒板)、そして女性画家で神秘主義と象徴主義のヒルマ・アフ・クリントなどに続いて澤田真一、大竹伸朗、吉行耕平。という強烈なラインナップで私はそこにはっきりとしたメッセージを感じた。言葉で説明しないと成り立たない現代アートにもう限界を感じているのだ。霊的な物、魂の根源からくるもの、町で拾った紙のスクラップブック、そして覗き写真。あそこに都築響一の秘宝館コレクションは絶対あってよかった。と確信している。皆さんヴェネチアにいると思って下さい。とても運がいいです。飛行機代なしでビエンナーレが見せたかった物が見られますよ。
私にとって今回の展示は2014年の6月に行ったアントワーヌ・ダガタの展覧会『抗体』とメッセージは同じです。ただあの展覧会では皆泣いてしまったが今回は皆さんに笑って欲しいです。

2016年 春 アツコ・バルーhttp://l-amusee.com/atsukobarouh/schedule/2016/0611_3709.php [2016/09/11]

宮本隆司「九龍城砦」+トークイベント キヤノンギャラリーS(品川)


 
 
  九龍城砦、という名はこの展示の案内をみるまで聞いたことがなかったのだろうと思う。もしどこかで目にしたり耳にしたりする機会があったなら、そのときに興味を持たなかったはずはないから。
 
 香港を旅行で訪れたのは中学生の時だったから記憶もかなり曖昧ではあるが、香港の超高層建物群にただただ圧倒されたことははっきりと覚えている。その建物はオフィスだけではなくて古くからある一般の人々の住居。十を優に超えるほどの階数があるのに、エレベーターがないのだとか知らされたり。
 
 「100万ドルの夜景」だなんてまったく素敵でもない表現で世界三大夜景のひとつに数えられてはいるけれども、さしてロマンチックな気分になどなれず、心が不穏に掻き乱されてざわついたのを思い出す。
 
 
 私が訪れた時にはこの九龍城砦はもうすでに解体されてしまっていたけれど、今思うとその気配は街全体に微かに残っていた…という気がするのはさすがに後付けの妄想の投影だろうか。
 熱気、混沌、欲望。あらゆる要素が混在して黒々と渦巻く城砦の怪物的な様相に、写真を通して見るだけでも思わず声を失ってしまう。このとてつもない空間が、小説や映画をはじめ様々な芸術家たちの霊感源となっていたことは容易に肯ける。川崎には九龍城砦をモデルとしたアミューズメントパークがあるというし。(http://matome.naver.jp/odai/2137081929174999701
  
 
 展覧会の概要解説には「アジアン・ゴシック」とあり、「チャイニーズ・ゴシック」などの用語は私は勝手に一般化していると感じていたのだけどどうやら全然そうではないらしかった。でもこの言葉は九龍城砦という空間を巧みに形容していると思う。
 押井守が『イノセンス』の世界を創り上げる時に、都市の設定は「中華ゴシック」にしようと決めたというエピソードは、彼の『イノセンス創作ノート』(徳間書店、2004年)に記述がある。同様の世界観として『ブレード・ランナー』を嚆矢とする系譜がもちろんあるだろうが、この九龍城砦にもかなりの影響を受けているのは間違いないのだろう。(あとは、「Asian Gothic Label」という名前のアーティストがいるそう。)
 
 
 西欧において「アジアン・ゴシック」的な雰囲気に対応するのは、私のステレオタイプ的なイメージでは、中世。まさしくゴシックの時代。
 しかしアジアにおいてみられる「ゴシック」という言葉に託されたイメージは近代化の過程で生じてきたもの。天に焦がれるかのように高く聳える教会の円塔は、ここでは人の溢れた地上とは反対に重力に逆らってただ上へ上へと伸び行く摩天楼。勿論、天上に神など存在してはいないのだけれど。
 
 
 
 ちょうどタイミングがあったのでトークショーも聞くことができた。宮本隆司さん×巽孝之先生。以下、メモ書き。
 
・「境界の解体」―サイバーパンク、スリップストリーム
W・ギブスンが九龍城砦を取り上げる。国境を含め様々な境界が解体。
 
・ジョージ・スタイナー“extra territorial”(治外法権)⇒「脱領域」(by由来)
亡命作家、多言語使用、母語以外で執筆する作家
e.g. ナブコフ、エリオット、ヘミングウェイ…
 
・「橋」のモティーフ
・樹上建築からのインスピレーション?
 
・赤瀬川源平『超芸術トマソン』に登場、ギブスン『あいどる』(1996)
・白金のギーガー・バー
 
・廃墟が逆説的にも孕む有機性・生命力。
 パイプ・コードや壁に這う蔦などの植物。増殖し続け、未完成(結)でもある
 
・「権威」ではなく、「悪」の象徴としての建築(群)
 無法地帯―ユートピア性、どこにも帰属しないこと。難民の逃避先
 
 

■開催概要
本展は、写真家宮本隆司氏による写真展です。
かつて香港の九龍地区にあった高層スラム、九龍城砦を撮影した写真約50点を展示します。
無法地帯、迷宮と呼ばれ、4万人が息をひそめて棲む巨大コンクリートスラム 九龍城砦。この地に流れ着いた人々の生活を写し撮り、スラムの状況を今に伝えます。現代の無秩序と闇の具現体である九龍城砦が、宮本氏の操る光と影によって見事に再構築されました。
九龍城砦が取り壊された現在、想像を絶した謎多き空間を新たに提示する貴重な作品となっています。作品はすべてキヤノンの大判プリンター「imagePROGRAF」でプリントし展示します。


■作家メッセージ
九龍城砦が消滅してから20年が過ぎた。
香港に鎮座していたアジアン・ゴシックと称される高層スラム、九龍城砦が今でも話題になることがある。
あの巨大コンクリートスラムの建造物が意味するところは一体、何だったのだろう。
2.5ヘクタールの土地に4万人もの人々が暮らしていた巨大高層コンクリートスラムは、悪の巣窟、魔の具現体としてさまざまな表現媒体で繰り返し象徴的に描かれ語られてきた。
現代の魔窟、アジアン・カオス、無法地帯と恐れられながら悪と魔性の象徴として映画、劇画、SF、ゲームの世界でしぶとく生き続けてきた。
数々の謎と伝説をまとった九龍城砦は、困難な歴史を背負った無数の人々がたどり着いた極限の住居集合体であった。
東アジアの香港に出現した、中国人の集合的無意識の結晶体であった。
人々が生活し、まだ生きていた九龍城砦を改めて見つめ、その存在を問い直してみたい。

http://cweb.canon.jp/gallery/archive/miyamoto-kowloon/index.html [2016/07/07]

2016/09/17

矢川澄子『おにいちゃん――回想の澁澤龍彦』(筑摩書房、1995)

 あとほんの数年くらい前に出逢っていたなら、まともに影響を受けていたのではないかと思う。数か月前にこれを初めて読んだ時、しばらく塞ぎ込んでしまうくらい打撃を食らってしまったと同時に、あまりのナイーヴさとナルシシズム、自己正当化、美化ぶりに空恐ろしくなり、嫌悪感を覚えた。数年前の私にとってみれば彼女はもしかすると「お姉さま」になり得ていただろう。今はもう、彼女に対して授けられた「不滅の少女」という言葉の響きに含まれる棘にまったく無関心ではいられなくなってしまった。それもただ私自身が、気付いたときには彼女のような「少女」観を頑なに有していて、いまもなお引き摺るばかり、紙一重であるという自覚があるがゆえに、過敏であるだけかもしれないのだけれど。



    「少年と、少女と、幾冊かの本の話」

――むかしむかし、ひとりの少女とひとりの少年がなかよくなって、いっしょに暮しはじめました。二人のあいだにはやがて、幾冊かの本が生れました。

――しかたありません。でも結局そういうことだったのでしょう。朽木の匂うしめっぽい川端の借家の、破れ畳の上に三笠織をしきつめた二階の八畳一間で、戸外の星辰のめぐりにも関わりなく夜昼さかさまに明け暮れていた少年と少女、身籠った生命はかたっぱしから水に流してしまう常識外れの不遜な男女に、神様は、それならというわけで、いかにもこの二人にふさわしい子種を授けてくださった。それが、本、だったのです。

――二人で熱中していつくしみ育てても、けして邪魔にはならない、おとなしい子供。親を裏切らぬばかりか、世の中へすすんで出ていって、お金とそしてあらたな友人を親たちにもたらしてくれる、健気なたのもしい子供たち――

――けものの猥雑さからは能うかぎり遠い、いわば上質のコットン紙のそれのような陰翳ゆたかな温もりのなかで、まぐわっていたのはもともと二つの貧弱な肉体ではなくて、二つの頭とこころ、いえ、むしろ少年と少女の二つの魂そのものだったかもしれません。でなければどうしてあんなに愛くるしい子供たちが胚胎してくれたものか。

――そう、子供であってくれたのは、とすればやはり本ではなくて、むしろ少年自身だったのでしょうか。母の手を独占しようとする頑是ない子供です。このひとならば何をしようとゆるしてくれるという安心感のもとに、自分のすべてを委ねきってしまう身勝手な子供。およそ子供であることの美点と欠点のすべてを少年は十分にのこしてもいました。のこしていたというより、それはもしかして幼年期に果しそこねた夢のひそかな実現だったかもしれません。
 大人になるということは、幼児の理想の実現でなくて何でしょう。長男として生まれ、つづいて生まれてきた妹たちのために不本意にも母の手を独り占めできなかった子供が、長じて自分の妻の中にその理想的な代替をもとめようとする、これもまた、考えてみればそれこそむかしむかしから繰返されてきた男と女のありようの、あまりにも真当な反復にすぎなかったような気もするのですけれど。


――しかたありません。少年が当時、はたして何を思い、何を考えていたか、いまとなってはたしかめるすべもなく、すべては少女のゆがんだ脳髄の、幻想の産物かもしれないのですから。
 そう、そんなこと、いまとなってはどうでもよいのです。故人もかねて好んでいっていた通り、すべてはただ夢にすぎないのでしょう。わたくしもただ、わたくしなりにその時その時の夢に生きてきただけです。
 それにしてもたのしい夢でした。むかしむかし、ひとりの少年にあやつられ、少女の見せてもらったその夢は。
 あれほど充ち足りた夢はあとにもさきにもありませんでした。恍惚として少女は夢に身をゆだねました。尽すよろこび、頼られるよろこび、自分を十全に役立ててもらうよろこび。およそ女としての素朴なよろこびのすべてがそこにはこめられていたのです。――ただひとつ、身二つになるという体験をのぞいては。でもそんなことが人と人との関わりにどれほどの意味をもつことか。
 

2016/09/14

「森村泰昌「私」の創世記―銀幕からの便り―」Nadiff Gallery



 森村泰昌の自画像シリーズ以前の展示。ご本人のトークショーにも参加してみた。




NADiff Galleryではこの度、MEMとの合同開催展、森村泰昌〈「私」の創世記〉を開催いたします。
森村泰昌の80年代から90年代かけての初期の写真作品を紹介する3 部構成の展示内容とし、NADiff A/P/A/R/T 建物内の各スペースにて作品を展覧いたします。そして、NADiff a/p/a/r/t 店内では本展に関連した森村泰昌の選書フェア、そしてトークイベントを開催予定です。
 
第一部「卓上の都市」では、「卓上のバルコネグロ」と題された49点の作品を展示します。このシリーズは1985 年に森村泰昌が今に連なる美術史のシリーズに発展していくゴッホの肖像を発表する直前に取り組んでいた静物写真のシリーズで、後の森村作品に特徴的な要素がすでにこのなかに見ることができる初期の重要作です。
第二部「彷徨える星男」では、90 年に制作されたデュシャンへのオマージュである最初のビデオ作品「星男」を上映、同シリーズの写真作品および関連のイメージを「女優家Mの物語」のシリーズから抜粋して展示します。
第三部「銀幕からの便り」では、90 年代の初期の貴重なビデオ作品をまとめて上映致します。 
http://www.nadiff.com/?p=2334 [2016/11/19]



2016/09/12

『木々との対話──再生をめぐる5つの風景』東京都美術館




 
 
 開館90周年記念イベントということらしい。出品作家は國安孝昌、須田悦弘、田窪恭治、土屋仁応、舟越桂の5名。須田さんの作品がとても気に入った。現実には有り得ないはずの、思いがけないところにふとあらわれるお花や雑草。白壁を背景にオブジェのように飾られているものもあれば、注意しなくては見えないところに植えてあったりもする。都会の街の、あるいはビルの中の、どこかに密かにひっそりと生えていたら素敵かも。
 会場全体に漂う木の香りに心が癒される展示。(?)

『ガレとドーム展――美しき至高のガラスたち』日本橋高島屋ギャラリー


 

 日本人は本当にガレが好きであることだ。気付いたらガレの展示がどこかで行われている。今回の展示にはガレの初期の作品が多く、これまであまり見たことのない系統のものをじっくり眺められたのは良かった。あとは、いつも通りだけどランプが素敵。ひとつ、白地に真っピンクの彩色が施されて、蛙が魚を御しているかたちの、可愛くも優雅でもなければリアルで生々しいともいえない、ものすごく奇妙な陶器があって、あれはいったいなんだったのだろう…。

19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に花開いた装飾スタイル、アール・ヌーヴォー。その巨匠の一人として讃えられる人物こそ、ヨーロッパ近代工芸史に革命をもたらしたガラス工芸家エミール・ガレその人でした。1846年にフランス東部の自然豊かな古都ナンシーに生まれたガレは、幼い頃より植物や文学に親しみ、彼の芸術の豊かな素養を育みました。若くして体験したパリ万博では異文化に触れ、とりわけ、「ジャポニスム」に強く影響を受け、日本に憧れを抱き続けたと伝えられています。のちに、フランスを代表する工芸家として世界的な名声を博し、1904年に58歳でその生涯を閉じた後もその作品は世界中で愛され続けたのでした。
そして、数々の優れたガラス工芸家たちの中でも、ガレ様式を受け継いだ存在がドーム兄弟でした。彼らの作品はガレの模倣にとどまらず、独自の世界観と造形表現を追求した稀有なものでした。本展では、日本に集うガレとドームの数ある作品から、エミール・ガレ生誕170周年を彩るに相応しい貴重な名品の数々を、未公開作品を交え、総点数約100点で展観いたします。

https://www.takashimaya.co.jp/store/special/event/galle.html [2016/09/12]

『ポンピドゥーセンター傑作展――ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで』東京都美術館


 
 
 ポンピドゥーセンター傑作展。展覧会評などをチェックしたわけではないので下手なことはいえないが、今回の企画の評価の分かれるところはおそらく展示の構成だろう。1年ごとに1作品、という展示の方法、賛否両論あるみたいだが、私にはあまり良いとは思えなかった。あえて「イズム」による分類を撤廃して1年に1作家1作品、とするのは面白い試みだと思うが、1年に1作品ではその年の様相を知るにはあまりに例が足りなさすぎるし、出品作家の個性を1作品のみで捉えることも無理がある。結果的に、どういった作家が所蔵されているか、といったことをなんとなく把握はできたとしても、あまりに俯瞰的なので、展示を通じて何か新しいことを学んだり知ったり、ということは難しく(それをしようと試みてもあまり楽しいとは思えないし、いまいち掴みどころがない)、鑑賞前の段階で時代背景や画家の知識をどれだけ多く有しているかが面白く鑑賞できるか否かを分けてしまうことになったのではないかと思う。
 
 それでも巨匠の「傑作」が見られるのは嬉しいところ。また、普段は素通りしてしまうような画家でもそうした有名どころの画家たちと並列に展示されているから、みんな平等に鑑賞しようと思えた。あまりたくさんだったので、すぐ忘れてしまうのだけどね。
 

ポンピドゥー・センターは、美術や音楽、ダンス、映画など、さまざまな芸術の拠点として1977年、パリの中心部に開館。世界屈指の近現代美術コレクションで知られます。 本展ではピカソやマティス、シャガール、デュシャン、クリストなどの巨匠の傑作から、日本ではあまり知られていない画家の隠れた名品までを一挙公開。1906年から1977年までのタイムラインにそって、1年ごとに1作家の1作品を紹介していきます。絵画、彫刻、写真、映像やデザインなど、多彩なジャンルの作品との出会いを楽しみながら、フランス20世紀美術を一望できる絶好の機会です。展示デザインはパリを拠点に国内外で活躍する注目の建築家、田根剛氏が担当。これまでにない魅力的な展示空間で、珠玉の作品群をご堪能ください。
http://www.pompi.jp/point/index.html [2016/09/12]

『SHIBUYA,Last Dance_』パルコミュージアム











 
 
 
 渋谷PARCOが一時休業のため閉館。私自身は公園通りのあたりの最盛期を知らないし、PARCOも別にそれほど思い入れがあるわけではない。だけれど渋谷の近辺に暮らして毎日のように通過している身としては、渋谷を象徴するようなビルのひとつが閉館してしまうことに、寂しい思いがまったくないわけでもない。私は生れた時代も自分の趣味もややずれているので展示にピンとくるものは多くなかったけど、PARCOを中心とする公園通りのかつての活気が思い起こされるような気がした。
 
 もうひとつ、PARCO GALLERY Xでの展示、『女子と渋谷の写真展』も良かった。あらためて私は渋谷系には縁遠いと感じたが。宇田川町地区再開発計画、あのあたりは今後どのように生まれ変わっていくだろう、西武グループの方針が気になるところ。

渋谷パルコは、渋谷宇田川町地区再開発計画に伴い、2016年8月7日に一時休業をすることとなりました。
パルコミュージアムでは残り3本の展覧会を「SHIBUYA PARCO MUSEUM FINAL EXHIBITION」と銘打ち開催してきました。この度、2016年7月29日(金)から8月7日(日)で開催いたします『SHIBUYA, Last Dance_』と題したグループ展で最後を飾り、一旦その役割を終えます。
渋谷パルコは、1973年のオープン以来、若者文化のシンボルとして渋谷の街と共に成長し、ファッション・アート・デザイン・音楽・映画・出版、そして演劇まで様々な文化を発信してきました。時代時代にパルコと深く関わった12組のアーティスト、ミュージシャン、ファッションブランドが競演する最後の展覧会『SHIBUYA,Last Dance_』。少しの間のさよならと、新しい未来へのメッセージを込めて、夢のオムニバス・アルバムのような、パルコミュージアム「最後の一幕」が上がります。

「渋谷パルコ。新しい未来へ向けた「最後の一幕」が上がる。」
伊藤桂司/井上嗣也/小沢健二/佐藤可士和/しりあがり寿/寺山修司/東京スカパラダイスオーケストラ/日比野克彦/
森山大道/HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE/TOMATO/Ground Y
http://www.parco-art.com/web/museum/exhibition.php?id=987 [2016/09/11]