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2019/01/10

『ルーベンス展——バロックの誕生』国立西洋美術館


ルーベンス展。ムンクの直後で、メンタルが完全にずっぶずぶのふやっふや状態だったので、全能感溢れるマッチョぶりが、少々こたえた。ルーベンスには少なくともマイナスのイメージを持ったことがなかった、というかバロック絵画を全然知らないのでこれまで関心がなかったのだが、一緒に見る展示の組み合わせが悪かったのかもしれない。

母乳を自分の飢えた父に飲ませる「キモンとペロ」という、エグみの強いテーマがあるということを初めて知る。

ペーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)は、バロックと呼ばれる壮麗華美な美術様式が栄えた17 世紀ヨーロッパを代表する画家です。彼は大工房を構え時代に先駆ける作品を量産し、同時代以降の画家たちに大きな影響を与えました。さらにその能力は画業にとどまらず、ヨーロッパ各地の宮廷に派遣されて外交交渉をも行いました。
本展覧会はこのルーベンスを、イタリアとのかかわりに焦点を当てて紹介します。イタリアは古代美術やルネサンス美術が栄えた地であり、バロック美術の中心もローマでした。フランドルのアントウェルペンで育ったルーベンスは、幼いころから古代文化に親しみ、イタリアに憧れを抱きます。そして1600年から断続的に8年間この地で生活し、そこに残る作品を研究することで、自らの芸術を大きく発展させたのです。本展はルーベンスの作品を、古代彫刻や16世紀のイタリアの芸術家の作品、そしてイタリア・バロックの芸術家たちの作品とともに展示し、ルーベンスがイタリアから何を学んだのかをお見せするとともに、彼とイタリア・バロック美術との関係を明らかにします。近年では最大規模のルーベンス展です。

同時にこちらも。ピラネージを中心に、初期の写真などで構成。

常設で、新収蔵のクラーナハのサロメも観た。存外に小ぶりな作品だったけど、先の企画展でみたサロメよりも、自覚的だしコケットだし妖女感強めだし、ホロフェルネスはなんか首だけで生きてるし、好い。あと、キャプションから執筆者のクラナハサロメに対する並々ならぬ愛を感じた。

2017/06/05

『ミュシャ展』国立新美術館



 ミュシャは私の想像をはるかに超えて「ロマンチスト」だった…。

「スラヴ叙事詩」——文字通り叙事詩なのだろう。私は「聖書」のようだとも思ったが(近代に生まれた「聖書」)、やはりしっくりくるのはそちらか。時代に見合わなかったというのもやむをないと言わざるを得ないような気もする。

想像以上のロマンチストぶりに置いてけぼりになりかけながら、どうにか一周。スラヴ叙事詩の序盤と終盤、絵筆と気分の乗りに乗ってる感じの数点は割とキてるが、面白く見たし結構好きかもしれない。ミュシャという作家に対する自分の心の距離が掴みきれずにいたが、この展示のお蔭でなんとなく定まったような。

明らかに《スラヴ叙事詩》にフォーカスした展示であるにもかかわらず、展示名に副題がないのには何か理由があるのだろうか?

2017/05/08

『オルセーのナビ派展』三菱一号館美術館


ナビ派。まとめて見た機会は初めてだろうか。19世紀における室内空間やintimismeの問題など、今更ながら自分の関心領域に関連するものに気づいたり。19世紀末の室内空間という点では、ナビ派をノーマークだったのはいけなかった。2014年に行われたヴァロットン展は行っておくべきだった。

2017/04/01

『ティツィアーノとヴェネツィア派展』東京都美術館



 ティツィアーノ。ティツィアーノの描く女性もまた「目」が殊更に美しい。優しく微笑んでいようと、陶酔の表情を浮かべていようと、しっかりと己の意志をもっているひとの眼差し。…のように、私には思える。
 「フローラ」、「ダナエ」がやはり圧巻。フローラの手にしている花は、薔薇・スミレ・ジャスミンだそう。

2017/02/18

『須川まきこ展』『ピエール・モリニエ展』ヴァニラ画廊



 ヴァニラ画廊。須川まきこさん、初めて知ったのだけれど、とってもキュートだった。女の子がみたらきっと誰もが胸きゅんしてしまうだろう。そして作品集も、まっピンクなの!特装版はピンクのボンボン付き。ああ、可愛い…。

 モリニエはいまさら特にコメントすることもないけれど、彼の評伝のタイトルに少し驚く…、『モリニエ、地獄の一生涯』ですって。なんという。

2016/11/19

『12 Rooms 12 Artists――UBSアートコレクションより』東京ステーションギャラリー


 
 
 
民間企業の現代美術コレクションとして世界で最大規模を誇るUBSアート・コレクションがこの夏、東京ステーションギャラリーに集結します。

今年日本で設立50周年を迎えるグローバル金融グループUBSは、現代美術を中心に長らく芸術活動をサポートしてきました。その活動はとりわけ、アートフェア「アート・バーゼル」に対する支援や、ソロモン・R・グッゲンハイム財団と共同で主宰する異文化間プロジェクト「グッゲンハイムUBS MAPグローバル・アート・イニシアチブ」で知られます。また、1960年代以降の変転めざましい美術に焦点を当てるUBSアート・コレクションは、絵画、版画、写真、ヴィデオアートや彫刻までを含む多様な分野をカバー。地域も欧米とアジアを中心に幅広く、じつに30,000点以上もの作品を蔵しています。

本展は、歴史ある駅舎を展示室とする東京ステーションギャラリー独自の空間を12の部屋の集合に見立て、その一部屋ごとにUBSアート・コレクションから厳選した12作家を当てはめます。それぞれ30点弱を出品するルシアン・フロイドとエド・ルーシェイを軸に、絵画、写真など約80点を展示いたします。日本でまとめて見る機会の少ない作家の紹介とともに、当館ならではの趣のある空間を鮮烈な作品で読み替える試みをお楽しみください。

○出品作家(生年(没年)、出身国)
荒木経惟(1940, 日本)
アンソニー・カロ(1924-2013, 英国)
陳界仁 チェン・ジエレン (1960, 台湾)
サンドロ・キア(1946, イタリア)
ルシアン・フロイド(1922-2011, 英国)
デイヴィッド・ホックニー(1937, 英国)
アイザック・ジュリアン(1960, 英国)
リヴァーニ・ノイエンシュヴァンダー(1967, ブラジル)
小沢剛(1965, 日本)
ミンモ・パラディーノ(1948, イタリア)
スーザン・ローゼンバーグ(1945, アメリカ)
エド・ルーシェイ(1937, アメリカ) 
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201607_12rooms.html [2016/09/11]

『聖なるもの、俗なるもの――メッケネムとドイツ初期銅版画』国立西洋美術館


 
 
 『メッケネムとドイツ初期版画展』。楽しかった。良い展示。私がメッケネムという名前を知ったのも初めてだったし、そもそもこの時代にも地域にも詳しくなく、事前知識もほとんどなかったのですべてが新鮮でいろいろな発見だった、というのも大きいかもしれないけれども。
 とはいえそういう人がほとんどであるということを配慮してくれているようすで、展示の説明書きも、キャプションも非常に丁寧で分かりやすい。聖のあとに俗が置かれ、といった構成の工夫のために当時の美術の在り方もうかがえる。聖人信仰として使われたものや、免罪機能を持つ版画などもあったそう。
 
 版画が流行していた当時において、コピーの制作はありふれていたもので、「贋作」として咎められることがなかったという。メッケネムの作品の中には、コピーであるためにオリジナルの作品と左右反転しているものも多い。 
 
 興味深かったこととしては、銅版画と金銀細工の関係について。版画がデザインの見本を提供するという役割を持っていたらしい。金細工を手掛けている版画家もいる。デザインの中には、植物文様の中に人物が配置されているものが面白かった、なんとなくグロテスク文様ぽいというか。
 
 あとは、風刺画の中ではその多くは男性が情けない様子で女性優位に描かれていること。民衆レベルでは、女性が強い、という認識だったのかしら…?
 

イスラエル・ファン・メッケネム(c.1445-1503)は、15世紀後半から16世紀初頭にライン川下流域の町で活動したドイツの銅版画家です。当時人気のショーンガウアーやデューラーら他の作家の作品を大量にコピーする一方、新しい試みもいち早く取り入れました。また、作品の売り出しにも戦略を駆使するなど、その旺盛な活動から生まれた作品は今日知られるだけでも500-600点あまりにのぼります。

メッケネム作品の多くはキリスト教主題をもち、人々の生活における信仰の重要性をしのばせます。もっとも、像の前で祈る者に煉獄での罪の償いを2万年分免除する《聖グレゴリウスのミサ》など、なかには当時の信仰生活の「俗」な側面が透けて見えるものも含まれます。また、当時ドイツの版画家たちは、まだ絵画では珍しかった非キリスト教的な主題にも取り組むようになっていましたが、メッケネムも、男女の駆け引きや人間と動物の逆転した力関係などをユーモアと風刺を込めて描いています。

本展は、ミュンヘン州立版画素描館や大英博物館などからも協力を得て、版画、絵画、工芸品など100点あまりで構成されます。聖俗がまじりあう中世からルネサンスへの移行期にドイツで活動したメッケネムの版画制作をたどるとともに、初期銅版画の発展と受容や工芸との関わり、コピーとオリジナルの問題、作品に映された当時の社会の様相などにも目を向けます。 
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2016meckenem.html [2016/09/12]
 
 
 

『From Life―写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展』三菱一号館美術館





 
 
 







 
 
 
 ああとっても19世紀~、な、三菱一号館美術館らしい企画展。19世紀の女性写真家・マーガレット・キャメロン。
 
 ポートレートが中心であるが、身近な人をモデルに、聖書や歴史、寓話に登場する人物に見立てて撮影された写真には、写真でこういう表現があったのかと少し驚いた。ルネサンス期絵画を思わせるような肖像や聖母群などの宗教的主題を扱うことには、当時から賛否両論があったようである。
 クラックや指紋など、当初は技能の未熟さであると捉えられていたものがかえって写真の味を出すものとして捉えられてからは、次第に意図的に焦点をずらしたり、ネガに傷を付けることであえてボケたような、絵画的効果を狙った写真が作られるようになる。
 
 女性の写真家、ということだけれども、個人写真にしても集合写真にしても、多く展示されていたのは女性モデルのものがほとんどであるし、女性同士の親密さを表現した作品が目立つ。それから聖母子像風の作品も。彼女が、自身が「女性」の写真家であることを強く意識した写真家だったということが見て取れる。
 
 
 キャメロンはもちろんよかったけれど、ミュージアムショップの、エマーソン、スティーグリッツ、サリー・マンの写真集に魅入られた…。



1863年末に初めてカメラを手にしたジュリア・マーガレット・キャメロン(1815-79)は、記録媒体にすぎなかった写真を、芸術の次元にまで引き上げようと試みた、写真史上重要な人物です。インドのカルカッタに生まれ、英国の上層中流階級で社交生活を謳歌していた彼女は、48歳にして独学で写真術を身につけ、精力的に制作活動を展開します。そして、生気あふれる人物表現や巨匠画家に倣った構図を追求するなかで辿りついたのは、意図的に焦点をぼかし、ネガに傷をつけ、手作業の痕跡をあえて残す、といった革新的な手法でした。 
本展は、キャメロンの生誕200年を記念し、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が企画した世界6カ国を回る国際巡回展であり、日本初の回顧展です。キャメロン絶頂期の極めて貴重な限定オリジナルプリント(ヴィンテージプリント)をはじめ、約150点の写真作品や書簡などの関連資料を通じて、キャメロンの制作意図を鮮やかに際立たせつつ、彼女が切り拓いた新たな芸術表現の地平を展覧します。http://mimt.jp/cameron/midokoro.html [2016/09/11]

「エミール・ガレ」展 サントリー美術館


 
 
  ここ最近で行ったガレの展示のなかでは一番好きだった、という気がする。祖国・異国・植物学・生物学・文学という5つの柱を軸にした構成で、スタンダードではあるけれど、バランスが取れていたのかな。


第一章 ガレと祖国
第二章 ガレと異国
第三章 ガレと植物学
第四章 ガレと生物学
第五章 ガレと文学
エピローグ ガレの究極


19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ都市部を中心に沸き起こったアール・ヌーヴォー[新しい芸術]。絵画や彫刻、建築に限らず、生活の隅々にまで良質な芸術性を求めたこの様式は、幅広いジャンルの美術工芸品を発展させ、人々の暮らしを豊かに彩りました。こうしたなか、フランス東部ロレーヌ地方の古都ナンシーで、ガラス、陶器、家具において、独自の表現世界を展開したのが、エミール・ガレ(1846-1904)です。

詩的で、幻想的、そして象徴的なガレの作品は、器であり、テーブルであり、形こそ用途を保ちながら、それに留まらない強いメッセージを放っています。見る者の内に深く染みわたり、心震わす彼の芸術性は、愛国心や異国への憧憬、また幼い頃から親しんだ植物学や生物学、文学などへの深い造詣に裏付けられています。

本展は彼の創造性を、その源となった5つの柱から捉え直し、頂点を探る試みです。国内有数を誇るサントリー美術館のガレ・コレクションから選りすぐりのおよそ100件が一堂に会するとともに、国内の未発表作品約20件を公開することとなりました。またオルセー美術館の特別協力により、日本初出品となるガラス器や、彼の鋭い洞察力と制作過程を示す重要なデッサン類約40件をご覧いただける機会です。詩情豊かな光と影、ガレ・ワールドの醍醐味をお楽しみください。

http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_3/

2016/10/02

「メアリー・カサット展」横浜美術館


 
 
 印象派の女性画家…、いつか一周回って好きになれる日がきたらよいな。(?)
 
メアリー・カサット(1844-1926)は、米国ペンシルヴェニア州ピッツバーグ郊外の裕福な家庭に生まれました。画家を志し、21歳のときに父親の反対を押し切ってパリに渡りました。古典絵画の研究から出発し、やがて新しい絵画表現を模索するなかでエドガー・ドガと運命的な出会いをとげ、印象派展への参加を決意します。カサットは、印象派から学んだ軽やかな筆遣いと明るい色彩で家庭の情景を描き、独自の画風を確立していきました。特に母子を温かい眼差しで捉えた作品は人々の共感を呼び、カサットの名を不朽のものとしています。晩年には、その業績に対しフランス政府からレジオン・ドヌール勲章が授与されました。女性の職業画家がまだ少なかった時代に、さまざまな困難を乗り越えて意志を貫いたカサットの、力強くエレガントな生き様は、現代の私たちにも勇気を与えてくれるでしょう。  

本展では、カサットの油彩画やパステル画、版画の代表作に加え、エドガー・ドガ、ベルト・モリゾなど交流のあった画家たちの作品、画家が愛した日本の浮世絵版画や屏風絵なども併せて約100点を展観し、初期から晩年にいたるまでのカサットの画業の全貌を紹介します。日本では35年ぶりの待望の回顧展となる本展は、愛にあふれるカサット芸術の真髄に触れる貴重な機会です。  
http://yokohama.art.museum/exhibition/index/20160625-465.html  [2016/10/02]

「Radical Democracy」ASAKUSA

 サンチャゴ・シエラとトーマス・ヒルシュホーン。クレア・ビショップの「敵対と関係性の美学」で扱われていた二作家の作品、書籍の紹介やインタビュー映像等。ギャラリー自体が古民家を改装したという面白いところで、入る時にも本当にここで合ってるかしら…?と少し不安になってしまった。

 展示は小規模ながらインパクトの強いものだった。印象に残っているのはシエラの作品“133 Persons Who Dyed Their Hair ”(2001)、流れ作業式に雇われたひとたちの髪を脱色していく作業を記録した映像。強制収容所を連想してしまう。作業は淡々と進められ、和やかとはいわないが殺伐としているわけでもなく、美容師たちも脱色を受けている人たちも笑みを浮かべたりもしているのに、どこか異様な光景で薄ら寒さを覚えた。頭髪とはいえ、身体に加工、変工を加えるというのはやはりある種の暴力的な行為といえるのだろうか。色を抜いているわけだから、そのあたりにも何かしらの含みを感じる。いずれにせよ染髪が100人以上の規模で行われている図は見ていて気持ちの良いものではない……、ということを実際に感じることができたのは、展示に出向いた大きな収穫だったと思う。

2016/09/12

『ガレとドーム展――美しき至高のガラスたち』日本橋高島屋ギャラリー


 

 日本人は本当にガレが好きであることだ。気付いたらガレの展示がどこかで行われている。今回の展示にはガレの初期の作品が多く、これまであまり見たことのない系統のものをじっくり眺められたのは良かった。あとは、いつも通りだけどランプが素敵。ひとつ、白地に真っピンクの彩色が施されて、蛙が魚を御しているかたちの、可愛くも優雅でもなければリアルで生々しいともいえない、ものすごく奇妙な陶器があって、あれはいったいなんだったのだろう…。

19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に花開いた装飾スタイル、アール・ヌーヴォー。その巨匠の一人として讃えられる人物こそ、ヨーロッパ近代工芸史に革命をもたらしたガラス工芸家エミール・ガレその人でした。1846年にフランス東部の自然豊かな古都ナンシーに生まれたガレは、幼い頃より植物や文学に親しみ、彼の芸術の豊かな素養を育みました。若くして体験したパリ万博では異文化に触れ、とりわけ、「ジャポニスム」に強く影響を受け、日本に憧れを抱き続けたと伝えられています。のちに、フランスを代表する工芸家として世界的な名声を博し、1904年に58歳でその生涯を閉じた後もその作品は世界中で愛され続けたのでした。
そして、数々の優れたガラス工芸家たちの中でも、ガレ様式を受け継いだ存在がドーム兄弟でした。彼らの作品はガレの模倣にとどまらず、独自の世界観と造形表現を追求した稀有なものでした。本展では、日本に集うガレとドームの数ある作品から、エミール・ガレ生誕170周年を彩るに相応しい貴重な名品の数々を、未公開作品を交え、総点数約100点で展観いたします。

https://www.takashimaya.co.jp/store/special/event/galle.html [2016/09/12]

『ポンピドゥーセンター傑作展――ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで』東京都美術館


 
 
 ポンピドゥーセンター傑作展。展覧会評などをチェックしたわけではないので下手なことはいえないが、今回の企画の評価の分かれるところはおそらく展示の構成だろう。1年ごとに1作品、という展示の方法、賛否両論あるみたいだが、私にはあまり良いとは思えなかった。あえて「イズム」による分類を撤廃して1年に1作家1作品、とするのは面白い試みだと思うが、1年に1作品ではその年の様相を知るにはあまりに例が足りなさすぎるし、出品作家の個性を1作品のみで捉えることも無理がある。結果的に、どういった作家が所蔵されているか、といったことをなんとなく把握はできたとしても、あまりに俯瞰的なので、展示を通じて何か新しいことを学んだり知ったり、ということは難しく(それをしようと試みてもあまり楽しいとは思えないし、いまいち掴みどころがない)、鑑賞前の段階で時代背景や画家の知識をどれだけ多く有しているかが面白く鑑賞できるか否かを分けてしまうことになったのではないかと思う。
 
 それでも巨匠の「傑作」が見られるのは嬉しいところ。また、普段は素通りしてしまうような画家でもそうした有名どころの画家たちと並列に展示されているから、みんな平等に鑑賞しようと思えた。あまりたくさんだったので、すぐ忘れてしまうのだけどね。
 

ポンピドゥー・センターは、美術や音楽、ダンス、映画など、さまざまな芸術の拠点として1977年、パリの中心部に開館。世界屈指の近現代美術コレクションで知られます。 本展ではピカソやマティス、シャガール、デュシャン、クリストなどの巨匠の傑作から、日本ではあまり知られていない画家の隠れた名品までを一挙公開。1906年から1977年までのタイムラインにそって、1年ごとに1作家の1作品を紹介していきます。絵画、彫刻、写真、映像やデザインなど、多彩なジャンルの作品との出会いを楽しみながら、フランス20世紀美術を一望できる絶好の機会です。展示デザインはパリを拠点に国内外で活躍する注目の建築家、田根剛氏が担当。これまでにない魅力的な展示空間で、珠玉の作品群をご堪能ください。
http://www.pompi.jp/point/index.html [2016/09/12]

2016/09/11

『アール・ヌーヴォーの装飾磁器』展 三井記念美術館


 
 
 アール・ヌーヴォーの、ガラス器であればいくらでもあったが、磁器に着目した展示というのはほとんど聞いたことがなかったかもしれない。それだけでなく、企画者によると今回はあえて、これまでほとんど日本の展覧会では扱われてこなかった、マイセンやロイヤルコペンハーゲンをはじめとする名窯に着目したそう。メーカーの組織力によって、化学者たちの協力を得ながら技法が確立されていった。展示はおよそブランドごとに行われ、その簡単な紹介も付されている。装飾芸術のうちではとりわけ作家性が薄く、工芸のなかでも芸術か実用品か判断の難しいところだと思う。しかしそれぞれが互いに競い合っていたためだろう、技巧を凝らされ美しく洗練された作品たちはずっと眺め続けていることができる。こうしたメーカーが登場し活躍したのは1900年代に入ってからなのか、展覧会タイトルにはアール・ヌーヴォーとあるけれども、出品されているのはほとんど20世紀以降の作品。
 テーマ設定も含め、全体として新しく興味深い点が多い展示だった。
 
 
アール・ヌーヴォーは、欧米で19世紀末から20世紀初頭にかけて全盛を極めた工芸や建築、グラフィック・アートなどの多岐にわたる装飾様式で、流れるような曲線によって構成されていることを特徴とします。

こうした流行は、同時代における陶磁器のデザインにも顕著に現れることとなり、美しく優雅な作品や東洋陶磁に倣った作品が次々と誕生していきます。これは、透明釉の下に多色の模様を施すような釉下彩をはじめとする新しい技術や技法の開発があって、初めて可能になったものといえます。

本展覧会では、アール・ヌーヴォー様式によるヨーロッパ名窯の作品の数々を、国内において総合的に紹介する初の展覧会です。

1889年と1900年のパリ万国博覧会を軸に、釉下彩を伴ったセーヴルやロイヤル・コペンハーゲン、マイセンなどの作品を中心としながら、上絵付や結晶釉などの加飾による作品をまじえ幅広く展示します。さらに、日本との結びつきを示す作品、および関連するリトグラフや素描、書籍を併せた約200点によって多彩な様相を紹介していきます。 
https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/437 [2016/09/11]

『ル・コルビュジエ ロンシャンの丘との対話 展』、『チューリッヒ・ダダ100周年――ダダイスト・ツァラの軌跡と荒川修作』會津八一記念博物館



 
 同時期に開催していた早稲田大学の會津八一記念博物館での二展示。この施設を初めて訪れたが、演劇博物館と同様に立派な博物館で感心した。コルビュジェは西洋美術館の世界遺産登録、ダダは100周年と、どちらもタイムリーなテーマ。
 
 
 
『ル・コルビュジエ ロンシャンの丘との対話――ロンシャンの丘との対話 展 ル・コルビュジエの現場での息吹・吉阪隆正が学んだもの』展

モダニズムの巨匠、建築家ル・コルビュジエは、晩年に名作〈ロンシャンの礼拝堂とその建築群〉を計画しました。早稲田大学ル・コルビュジエ実測調査研究会は2013年度より〈ロンシャンの礼拝堂とその建築群〉の継続的調査を行なっています。早稲田大学の研究チームは礼拝堂完成後初めて、《巡礼者の家》と《司祭者の家》の実測調査を行い、さらに昨年には研究会を立ち上げ、礼拝堂本体の実測調査に着手しました。本展覧会では調査により制作した実測図を公開すると共に、《ロンシャンの礼拝堂》(ノートルダム・デュ・オー礼拝堂)に残されている、現場でル・コルビュジエが実際に使用した貴重な青写真を展示します。施工当時の建築家の息吹や、ロンシャンの丘全体との対話を感じることができると思います。会期中には現場の様子に詳しいジャン-フランソワ・マテ氏をロンシャンより招いて、シンポジウムも行います。

《ロンシャンの礼拝堂》の計画と同時期に、ル・コルビュジエのアトリエで学んだ吉阪隆正は、帰国後も早稲田大学建築学科で教鞭をとり、多くの建築家を育てました。滞仏中にル・コルビュジエのアトリエで吉阪自身が担当して描いた図面と日記帳を併せて展示し、ロンシャンの計画が始まろうとした当時、吉阪が何を学んだのかを探る手掛かりとしたいと思います。

『チューリッヒ・ダダ100周年――ダダイスト・ツァラの軌跡と荒川修作』

2016年は第一大戦下の中立国スイスのチューリッヒで、ルーマニア出身のトリスタン・ツァラらによってアヴァンギャルド芸術運動ダダ(ダダイズム)が始動してから100年目にあたります。ツァラが「ダダは何も意味しない」と叫んで芸術のあり方を問い直したように、ダダはベルリン、パリ、ニューヨーク、東京などに拡がった最初のグローバルな芸術運動でしたが、その後1960年代にネオダダとして新たな復活をとげ、21世紀の今日なお現代アートの起源となっています。また、ツァラは第一次大戦後パリに移り多彩な活動をつうじて、ピカソ、ミロ、マティスらとのコラボレーションによる多くの詩画集を発表しており、ツァラの軌跡をたどることでモダンアートの貴重な場面が再現されます。今回は、ダダの機関誌DADAの貴重な初版オリジナル全号(早稲田大学図書館蔵)、トリスタン・ツァラ関連初版本(ピカソのリトグラフ付き、個人蔵)、ルーマニアのダダ関連資料、50年前の各国のダダ展図録、さらにはネオダダに参加した荒川修作の版画(會津八一記念博物館寄託)なども展示します。なお、この特集展示は駐日スイス大使館の後援を受けて開催するものです。 
 https://www.waseda.jp/culture/aizu-museum/ [2016/09/11] 
 

2016/08/22

「描かれた夢解釈――醒めて見るゆめ/眠って見るうつつ」国立西洋美術館




 国立西洋美術館、版画素描展示室での企画展。

「目醒めているときには見られないような、偉大な理論と優品を、夢のなかでいかにしばしば見ることであろうか。だが、目醒めれば、その記憶は失われるのだ」(下村耕史訳)――ドイツ・ルネサンスを代表する画家、アルブレヒト・デューラーは、未完に終わった『絵画論』の草稿に、そう書き残しています。

「優れた画家の心は形象で充ちている」と記し、晩年には終末的な洪水の夢を見たことでも知られるデューラーは、人間の心内に蓄積された無数のイメージ記憶が、目醒めているときよりも眠っているときにこそ活発に動きだし、豊かな変容を遂げていくことを、20世紀におけるシュルレアリスムの台頭などより遥か以前、16世紀初頭の時点で、どうやら敏感に悟っていました。

こうしたデューラーの思考が物語るように、西欧の芸術家たちはルネサンス期以来、しばしば「夢」に対する関心を露わにしています。しかも、彼らはそれをただ言葉で論じるだけでなく、絵画や版画によって描きだしてもいました。それらは1900年にジークムント・フロイトが『夢解釈』を書くのに先立ってなされた、「描かれた夢解釈」とでも呼べる試みではなかったでしょうか。

当館の所蔵作品によって構成されるこの小企画展では、デューラーやジョルジョ・ギージ以降、フランシスコ・デ・ゴヤやマックス・クリンガー、フェリックス・ブラックモンやオディロン・ルドンといった近代画家たちまでの「夢」の表象を集め、さらには「メフィストフェレス」や「聖アントニウスの誘惑」といったテーマに光をあてることで、西欧における「眠り」や「夜」、無意識の「欲望」や「誘惑」のイメージに迫りたいと思います。 
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2016dream.html [2016/07/03]




2016/07/07

「オルセー美術館・オランジュリー美術館所蔵 ルノワール展」国立新美術館


 


 ルノワール。前回、国立新美術館で開催された展覧会が2010年(「ルノワール―伝統と革新」)で、当時私は高校生だったが、展示を訪れたことは今でもやけに濃く記憶に残っている。そのときはまだ絵画にも全く詳しくはなかったし、ルノワールはとっつきやすい対象だったのかと思う。
 今はといえば、正直なところこの画家にはそれほど心惹かれるわけではない。6年前から嗜好が変わったというのではなく、他の色々な画家を知ってしまったために、相対的に興味が薄れたのだろう。

 今回の展示はオルセーとオランジュリーの所蔵する作品がほとんどで、今回の注目作品はポスターにも使われている《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》。


 思いがけず猫の登場する二点が気に入った。

 ひとつは会場入ってすぐ、最初に展示された《猫と少年》という作品。1868年とかなり初期のものであるそうだが、画面全体が寒色で覆われていてこちらを振り返る青白い肌の裸体の少年にはどきっとするような妖しさがある。ルノワールがもしこの路線をそのまま進んでいたならもう少し、彼を好きになっていたかもしれないなどと思う。

 もうひとつが、有名な作品なのかもしれないけれど《ジュリー・マネ》。ベルト・モリゾとウジェーヌ・マネ(エドゥアール・マネの弟)の娘がこれも猫を抱いて笑みを湛えている。それが画家の他の少女たちの健全で屈託のない表情とは違ってこの子だけ何かワケありっぽくて…とみえるのは私の心が歪んでいるから、たぶん。




 それ以外の作品の中にはパリに行ったときにオルセーで見たわと思い出すのもいくつか。


 「別にこれ、パリに行けば見れるし」みたいなこと、言ってみたい。

2016/07/06

「複製技術と美術家たち ― ピカソからウォーホルまで」横浜美術館


 
 
 現代美術の教科書のような企画展。『複製技術時代の芸術』や『写真小史』のベンヤミンの言葉を導き手として展開する。展示にはそれほど目新しい視点があったというわけでもないと思うけれど、20世紀の版画や写真を中心として、技術の進歩と芸術との関連性を丹念に辿っている。何より展示数が非常に多く、大作こそ少ないが中心的な作家は大方取り上げられていたので、流れをおさらいすることができた。 
 
この展覧会は、写真印刷や映像などの「複製技術」が高度に発達・普及し、誰もが複製を通して美術を楽しむことができる時代に、ピカソをはじめ20世紀の欧米を中心とする美術家たちが、どのような芸術のビジョンをもって作品をつくっていったのかを、富士ゼロックス版画コレクションと横浜美術館の所蔵品によって検証するものです。

ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940)は、写真発明以降「複製技術」の発展・普及によって、人々の感じ方や芸術作品の受け止め方、芸術への期待が大きく変化し、絵画や演劇などの伝統的な芸術作品にとって危機的状況が生まれたと指摘しました。
実際、20世紀には古典的な美術のイメージを払拭するさまざまな潮流が登場しました。キュビスムやフォーヴィスムなどの空間と色彩の新しい表現に始まり、第一次大戦後は伝統的な美の概念を覆すダダ(反芸術)や、抽象的な様式を確立して理想の社会を目指すバウハウスやロシア構成主義、無意識の探求によって人間を解放しようとするシュルレアリスム、第二次大戦後には大量消費社会を反映したポップ・アートが現れ、1960年代にはゼログラフィー(電子写真・複写技術)が美術作品に導入されました。
こうした20世紀の美術史を「複製技術」という時代背景から見直すことで、芸術作品の危機に対する美術家たちの挑戦として読み解くことが本展のねらいです。

横浜に主要な拠点を持つ富士ゼロックス株式会社と横浜美術館のコレクションの共演となる本展は、双方に共通する代表的な美術家の作品を中心に、版画、写真、書籍など複製技術を用いた多様な作品と、油彩画や彫刻など伝統的なメディアによる作品を合わせた約500点を5つの章立てで紹介し、複製テクノロジーが浸透する現代の先駆けとなった時代の美術家たちの挑戦を浮き彫りにします。

主な出品作家:
ナダール、アジェ、ピカソ、ブラック、マティス、クレー、カンディンスキー、シュレンマー、ファイニンガー、ガボ、シュヴィッタース、フォルデンベルゲ=ギルデヴァルト、エル・リシツキー、ロトチェンコ、モホイ=ナギ、アルプ、タンギー、ブロースフェルト、ザンダー、エルンスト、デュシャン、マン・レイ、マッタ、ヴォルス、コーネル、マザウェル、ウォーホル、オルデンバーグ、斎藤義重、吉田克朗  ほか
http://yokohama.art.museum/exhibition/index/20160423-463.html [2016/05/31]

2016/05/04

「キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々」パナソニ ック汐留ミュージアム


 


「世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ ガーデン 英国に集う花々」
2016年1月16日(土)~3月21日(月・祝)

 
 英国のキュー王立植物園が所蔵する、ボタニカル・アートの展示。来場者は女性が9割。きれいなお花の絵、というだけで客層がわりと固まるのかも。
 
 ただ別に、ボタニカル・アートは趣味の範囲としてとどめられて片付けられてしまうようなものではない。もとより植物学の進歩と軌を一にして発展してきた植物画は、その美しさによって人々の心を魅了するだけでなく、18世紀におけるリンネの自然物の分類方法の体系化やダーウィンの進化論のような当時の科学をはじめとする時代の知の在り方と密接なかかわりを持つし、モリスのような装飾工芸への着想提供、また大航海時代以降の植民地政策など政治的な事象をはじめとする様々な要素と連関している。むしろ、かなり考え甲斐があるジャンル?。以下、備忘録。
 
 
・ガラス温室について。鉄とガラスの技術の向上によって、外国産の熱帯植物を育てるための温室が実現した。最初の設計者はイギリスの造園家であったジョセフ・パクストン。ロンドン万国博覧会の水晶宮の建築ノウハウとして受けつがれていったという。

・植物研究者=植物画家。観察者としての視覚体験。解剖学的な眼差し。
 
・19世紀末以降、写真が普及してからも、ボタニカル・アートがその役割を縮小させていったわけではない。対象の正確な写し取りのみが必ず重要、というわけではない。「描く」ことはまた、対象においてどこが重要であるかを見極める「編集」作業でもあり、デッサンは写真よりも多くを語ることがある。
 
・1837年、イギリスの官立デザイン学校において、産業デザインとしての「アート・ボタニー(芸術植物学)」という講座が設けられる。
 *クリストファー・ドレッサー(慣習的、『植物学の手引き』)
 *A・W・N・ピュージン(中世)
 *オーウェン・ジョーンズ(インド・イスラム)
らが代表的なメンバー。彼らは「様式化」を志向していたが、ラスキン、モリスがこの傾向に反対。
 
・ウェッジウッドの創設者はチャールズ・ダーウィンの祖父。(!)


○展覧会概要

自然の景観を活かし、多種多様な美しい草花を巧みに配して変化に富んだ光景をつくり出すイングリッシュ・ガーデン (英国式庭園)。意外にもそれらの植物の多くはヨーロッパ原産ではなく、大航海時代以来、その美しさとめずらしさに魅せられたヨーロッパの人々により、冒険と探求の結晶として世界中から集められたものです。探検隊やプラントハンター(植物採集家)はアジアや中南米に派遣され、鑑賞用植物の他にさまざまな資源植物も集め、そうした植物は取引されることによってヨーロッパの社会や経済に少なからぬ影響を及ぼしました。
 特に英国においては植物研究と庭づくりへの情熱により、庭園は文化として豊かに発展しました。世界各地からもたらされた植物は記録と研究のためにさかんに描かれるようになり、ここに科学的探究の成果の芸術的な表現であるボタニカル・アート(植物画)という絵画領域が確立されました。それは人々を魅了し、鑑賞熱も高まりました。植物はまたデザイナーたちを魅きつけ、陶磁器、室内調度、テキスタイルや服飾品などに溶け込み日常生活に彩りを添えています。
 18世紀半ばに英国王の私的な庭園として始まったキュー王立植物園(※)は、いまや最先端の植物学の研究機関となり、また22万点のボタニカル・アートを収集し世界有数の植物園となりました。壮大な庭園はロンドンっ子たちの心を癒すいこいの場となっています。長きにわたる植物学と造園技術への貢献により2003年にはユネスコ世界遺産(文化遺産)にも登録されました。
 本展はその発展に寄与したジョセフ・バンクスやチャールズ・ダーウィンらの研究者、17-19世紀を代表する植物画家たち、ウィリアム・モリスをはじめとするデザイナーなど、世界中で愛されるイングリッシュ・ガーデンにまつわる人々に注目しながら、数世紀にわたる英国人の植物への情熱をひもとくものです。同園のコレクションから選りすぐった、黎明期から現代までのボタニカル・アートの名品、さらに植物を着想源としたデザイン・工芸品を含めた約150点を展観します。

※キュー王立植物園…ロンドン南西部のキューにある王立植物園。 
http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/16/160116/index.html [2016/05/04] 

 

2016/03/19

「幻想と頽廃のアンソロジー~世紀末から現在まで~」Bunkamuraギャラリー

 
 
 Bunkamuraギャラリーにて、 「幻想と頽廃のアンソロジー~世紀末から現在まで~」。
 
 今回の展示の特徴は、昨年行われた「幻想耽美」展のように現代の日本の「幻想耽美」系統の美術を集めたというだけではなく、19世紀末において西欧で生じた「デカダンス」の美術動向と、日本のエログロやお耽美なアングラ系カルチャーとを並置して、ふたつの地にまたがり、19世紀末から21世紀までという1世紀半近くの長い期間にわたる作品を展示しているという点にある。現代日本にみられる「幻想耽美」の系譜を辿り、その源流にまで遡るようにして。もっとも展示の構成は、西洋から日本へ、時代を下るように進んでゆくから、世紀末の西洋の画家たちのエッセンスが日本へと渡ってさまざまなかたちで狂い咲いていく…というようにも見てとれなくない。
 ビアズリーと夢二。ベルメールと伊藤晴雨。イオネスコと沢渡朔。モリニエと四谷シモン。…これらを一度に同じ空間で見られる機会もそうそうない。時代的にも今回展示されていた日本の美術家たちが西洋美術に少なからぬ影響を受けているという面があるのだから、両者の親和性が高いというのは当たり前ではあるのだが、その関係性をより深く探っていく余地はまだまだ大いにあるのではないかと感じた。 
 このような展示がこれまでどの程度行われてきたことがあるのか分からないが、同様の趣旨の展覧会がまたどこかで開催されて欲しい。少なくとも、これほどの錚々たる面々の「こっち系」の作品が一気に眺められるというのは、個人的には、贅の極み…。
 

 いくつか気に入った・気になった作家。

ロドルフ・ブレダン/マックス・クリンガー/フェルナン・クノップフ/エリック・デマジエール/フェリシアン・ロップス/ヨルク・シュマイサー/フィリップ・モーリッツ/山本六三/ピエール・モリニエ/日和崎尊夫/ポール・ヴンダーリッヒ/エルンスト・フックス/藤本蒼/中村宏/伊予田晃一/多賀新
  
 
 以下、BunkamuraのHPより引用。
 
 1890 年代から20 世紀初頭にかけた世紀末、不安定な社会情勢や新時代への急激な変化へのストレスが顕在化し、迫り来るあらたな時代の転換期の前兆にある種の頽廃的かつ虚無的な空気が醸し出された。デカダンス(=頽廃的)はヨーロッパで発生したアール・ヌーヴォー、象徴派、ラファエル前派、ウィーン分離派などに代表される社会通念から逸脱した表現キーワードのひとつであり、ジャポニスムの影響を経て、神話・聖書・歴史・古典などより引用され、より幻想的・神秘的・装飾的な表現様式となった。そしてそれらは終末の予兆をも示し、頽廃する世紀末を象徴する芸術運動となった。

 そして関東大震災と世界的な大恐慌を背景にした大正から昭和初期の日本でも、国全体の倦怠感や政府の硬直性からいわゆる「エロ・グロ・ナンセンス」が社会を席巻した。その潮流は戦後にも受け継がれ、保守階層、政治家、資本家など権威主義への反発から若者を中心にした「カウンターカルチャー」が起こり、これまでにない前衛的な表現が数多く登場した。その担い手としてアングラ演劇の唐十郎や寺山修司、暗黒舞踏の土方巽らが異端児として、反主流の美学を確立させた。

 いつの時代も表現者たちは常にモラルから逸脱し、新たな時代と表現の再構築を試みる。それは、実験性に富み刺激的であるが故、大衆の理解を得られず、さらなる頽廃的かつ背徳的な美しさへの探求心をかり立てるのだ。本展では既成概念や時代を挑発し続け、スキャンダルを巻き起こし、後世に大きな影響を残したビアズリーやバイロス、日本のカウンターカルチャーを牽引した横尾忠則や赤瀬川原平など、世紀末から戦後の日本まで、時代の主流から逸脱したフィールドで活動した国内外の作家を中心に版画・挿画本・オブジェ・ポスター・書籍など展覧販売する。  
【出展予定作家】
イオネスコ、クノップフ、B・ジョーンズ、バイロス、バルテュス、ビアズリー、ブレダン、ヴンダーリッヒ、ベルメール、モリニエ、モロー、モーリッツ、ヤンセン、ロセッティ、ロップス、赤瀬川原平、荒木経惟、池田満寿夫、伊藤晴雨、井上洋介、伊豫田晃一、北川健次、沢渡朔、篠原有司男、城景都、多賀新、竹久夢二、つげ義春、土井典、トーナス・カボチャラダムス、中村宏、成田朱希、土方巽、藤本蒼、山下清澄、山本じん、山本六三、横尾忠則、四谷シモン 他 
http://www.bunkamura.co.jp/gallery/exhibition/160302gensou.html[2016/3/19]