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2016/11/19

菅実花さん個展『The Future Mother 未来の母』








【Exhibition】
《The Future Mother 未来の母》
ラブドールは胎児の夢を見るか?シリーズより
2016.10.25(tue)-29(sat)

【Talk Event】
"The Future Mother ―妊娠するラブドールを考える"
対談 菅実花×小谷真理
2016.10.27(the)18:30-19:30(18:15開場)

慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎1F



 様々なご縁が繋がって実現した展示。初めてこの作品を見てうんうん唸っていた時に、この展示が自分の母校で実現することになるとは夢にも思っていなかった。

 日吉の教員棟である来往舎、壁や仕切りなどもなく入った途端にあらわれるので、前を通る教員や学生には必ず目に入る。ガラス張りの壁が作品にとって吉と出るか凶と出るか、といったところであったそうだが、微笑みを湛えて自身の裸体を誇らしげに披露する姿には、私自身は素直に、神々しく本当に女神か聖母であるかのような印象を受けた。バックにアカペラサークルの学生たちの歌声が流れているのは、この会場らしいBGMということで…。

  この作品について大学の授業で簡単な発表をすることになり、そのときに使用したレジュメのトピックのメモ。発表時には、この作品が実物の人形ではなくあくまでも「写真作品」であるということの意義を捉えきることが出来ていなかったように思う。ラブドールによる「セルフィー」であることについてもう少し考えてみたい。

 ○未来の生殖の在り方への想像力の喚起
○ラブドールについて
○「独身者機械」的観点から
○マタニティー・ヌード・フォトについて
○妊婦の人形について
○ジェンダー的な位置付けという観点から
○「怪物monstre」 の観点から――妊娠したラブドールは怪物か?
 - 人形の怪物性/妊婦の怪物性/「人造美女」の怪物性…?


 女性を、仮に「生む↔生まない」、「セックスする↔セックス」の対立を軸にとって四象限で表わすということをしたときに、そこにあらわれる少女・娼婦・母・聖母のうち、これまで少女と娼婦にしか関心をもつことができなかった私にとって、今回の作品に正面から向き合って考えることは半ば苦行に近いものがあった。でもこの先、そちら側をずっと無視し続けることはできなかったわけだし、色々と考えることにもつながったので良い機会だったと思います。

Introduction 
美術家、菅実花氏の作品「《The Future Mother 未来の母》ラブドールは胎児の夢を見るか?シリーズより」は、いわゆるマタニティー・ヌード・フォトです。しかし妊娠しているのはなんとラブドール! 強烈な印象を残すこの作品は2016年1月に発表されるや、インターネットを中心に大きな反響を呼びました。インタヴュー記事の閲覧数は実に1000万回を越えたといいます。人形は人形であるがゆえに妊娠しないはず、男性用の愛玩人形であればなおさらです。彼女たちの美しい姿はなにを表わしているのでしょう? 誇らしげなその笑みの裏にはなにがあるのでしょうか? 作品は、テクノロジーの進歩が出産と性のあり方に大きな揺さぶりをかけている現代、そこに生きる私たちに多くの問いを投げかけてきます。

本企画では1月以来初の「The Future Mother」展覧会を日吉キャンパスでおこなうとともに、作者の菅氏、そして作品の鍵でもある〈サイボーグ・フェミニズム〉理論の日本への紹介者、小谷真理氏をお迎えし、作品について存分に語っていただきます。みなさんも一緒に、妊娠したラブドールについて考えてみませんか?
 
慶應義塾大学 新島進(コーディネーター)
「自由研究セミナー 独身者機械を考える」担当

http://thefuturemother.tumblr.com/ [2016/11/19アクセス]
 

2016/10/02

宮本隆司「九龍城砦」+トークイベント キヤノンギャラリーS(品川)


 
 
  九龍城砦、という名はこの展示の案内をみるまで聞いたことがなかったのだろうと思う。もしどこかで目にしたり耳にしたりする機会があったなら、そのときに興味を持たなかったはずはないから。
 
 香港を旅行で訪れたのは中学生の時だったから記憶もかなり曖昧ではあるが、香港の超高層建物群にただただ圧倒されたことははっきりと覚えている。その建物はオフィスだけではなくて古くからある一般の人々の住居。十を優に超えるほどの階数があるのに、エレベーターがないのだとか知らされたり。
 
 「100万ドルの夜景」だなんてまったく素敵でもない表現で世界三大夜景のひとつに数えられてはいるけれども、さしてロマンチックな気分になどなれず、心が不穏に掻き乱されてざわついたのを思い出す。
 
 
 私が訪れた時にはこの九龍城砦はもうすでに解体されてしまっていたけれど、今思うとその気配は街全体に微かに残っていた…という気がするのはさすがに後付けの妄想の投影だろうか。
 熱気、混沌、欲望。あらゆる要素が混在して黒々と渦巻く城砦の怪物的な様相に、写真を通して見るだけでも思わず声を失ってしまう。このとてつもない空間が、小説や映画をはじめ様々な芸術家たちの霊感源となっていたことは容易に肯ける。川崎には九龍城砦をモデルとしたアミューズメントパークがあるというし。(http://matome.naver.jp/odai/2137081929174999701)
  
 
 展覧会の概要解説には「アジアン・ゴシック」とあり、「チャイニーズ・ゴシック」などの用語は私は勝手に一般化していると感じていたのだけどどうやら全然そうではないらしかった。でもこの言葉は九龍城砦という空間を巧みに形容していると思う。
 押井守が『イノセンス』の世界を創り上げる時に、都市の設定は「中華ゴシック」にしようと決めたというエピソードは、彼の『イノセンス創作ノート』(徳間書店、2004年)に記述がある。同様の世界観として『ブレード・ランナー』を嚆矢とする系譜がもちろんあるだろうが、この九龍城砦にもかなりの影響を受けているのは間違いないのだろう。(あとは、「Asian Gothic Label」という名前のアーティストがいるそう。)
 
 
 西欧において「アジアン・ゴシック」的な雰囲気に対応するのは、私のステレオタイプ的なイメージでは、中世。まさしくゴシックの時代。
 しかしアジアにおいてみられる「ゴシック」という言葉に託されたイメージは近代化の過程で生じてきたもの。天に焦がれるかのように高く聳える教会の円塔は、ここでは人の溢れた地上とは反対に重力に逆らってただ上へ上へと伸び行く摩天楼。勿論、天上に神など存在してはいないのだけれど。
 
 
 
 ちょうどタイミングがあったのでトークショーも聞くことができた。宮本隆司さん×巽孝之先生。以下、メモ書き。
 
・「境界の解体」―サイバーパンク、スリップストリーム
W・ギブスンが九龍城砦を取り上げる。国境を含め様々な境界が解体。
 
・ジョージ・スタイナー“extra territorial”(治外法権)⇒「脱領域」(by由来)
亡命作家、多言語使用、母語以外で執筆する作家
e.g. ナブコフ、エリオット、ヘミングウェイ…
 
・「橋」のモティーフ
・樹上建築からのインスピレーション?
 
・赤瀬川源平『超芸術トマソン』に登場、ギブスン『あいどる』(1996)
・白金のギーガー・バー
 
・廃墟が逆説的にも孕む有機性・生命力。
 パイプ・コードや壁に這う蔦などの植物。増殖し続け、未完成(結)でもある
 
・「権威」ではなく、「悪」の象徴としての建築(群)
 無法地帯―ユートピア性、どこにも帰属しないこと。難民の逃避先
 
 

■開催概要
本展は、写真家宮本隆司氏による写真展です。
かつて香港の九龍地区にあった高層スラム、九龍城砦を撮影した写真約50点を展示します。
無法地帯、迷宮と呼ばれ、4万人が息をひそめて棲む巨大コンクリートスラム 九龍城砦。この地に流れ着いた人々の生活を写し撮り、スラムの状況を今に伝えます。現代の無秩序と闇の具現体である九龍城砦が、宮本氏の操る光と影によって見事に再構築されました。
九龍城砦が取り壊された現在、想像を絶した謎多き空間を新たに提示する貴重な作品となっています。作品はすべてキヤノンの大判プリンター「imagePROGRAF」でプリントし展示します。


■作家メッセージ
九龍城砦が消滅してから20年が過ぎた。
香港に鎮座していたアジアン・ゴシックと称される高層スラム、九龍城砦が今でも話題になることがある。
あの巨大コンクリートスラムの建造物が意味するところは一体、何だったのだろう。
2.5ヘクタールの土地に4万人もの人々が暮らしていた巨大高層コンクリートスラムは、悪の巣窟、魔の具現体としてさまざまな表現媒体で繰り返し象徴的に描かれ語られてきた。
現代の魔窟、アジアン・カオス、無法地帯と恐れられながら悪と魔性の象徴として映画、劇画、SF、ゲームの世界でしぶとく生き続けてきた。
数々の謎と伝説をまとった九龍城砦は、困難な歴史を背負った無数の人々がたどり着いた極限の住居集合体であった。
東アジアの香港に出現した、中国人の集合的無意識の結晶体であった。
人々が生活し、まだ生きていた九龍城砦を改めて見つめ、その存在を問い直してみたい。

http://cweb.canon.jp/gallery/archive/miyamoto-kowloon/index.html [2016/07/07]

2016/02/07

「ガレの庭 花々と声なきものたちの言葉」東京都庭園美術館、講演会「ガレの庭 自然と象徴」




 
 庭園美術館のエミール・ガレ展「ガレの庭 花々と声なきものたちの言葉」。
 展示作品は北澤美術館所蔵のものがほとんどで、他はオルセーに所蔵された下絵やデッサン。庭園美術館をガレの庭に見立て、自然光の差し込むなかでガラス作品を見る、ことが展示の趣旨のひとつであるという。展覧会のテーマからはガレの「植物」愛と「象徴」にフォーカスを当てているようにも思われるのだが、どちらも展示の1章分に割り当てられているだけで、特に突っ込んだ解説などはなかった。
 あくまでこのガラス工芸家に自分が興味を持ち始めてからの感覚だけれど、日本におけるガレの人気はやはり尋常じゃない。ここ1,2年が特別にそうだったのかもしれないが、企画展の数が多過ぎる気がする。今回の展示もお年を召した方々を中心に、来訪者は夢中になって眺めていた。私もガレは好きだが、作品それ自体というよりもガレという人間に興味を引かれるという部分が大きい。
 嬉しかったのは、北澤美術館のいつかの展覧会カタログで見て一目惚れしていた《フランスの薔薇》を見ることが叶ったのと、あとは《蘭文八角扁壷「親愛」(カトレア)》という、蘭の、表に生きた姿、裏に枯れた姿を描くことで生死の表裏一体性を表現したという作品を見られたこと。こちらはロジェ・マルクスに贈られたらしい。作品名を忘れたが、花器にべったりと貼り付いた大きな蝉は、リアルな蝉が巨大化したようで、なんだかGみたいにも見えた。どんな花を活けたら似合うのだろう…。

 展示についての覚書。
・日本の焼物(伊万里焼)の模様をガラスに反映させていたものがあったのだが、ただガラスに写し取るだけではなく、西洋の装飾、ペルシア風の小花を加えるなどただの「模倣」は行わず、ガレ流にアレンジを加える。

・ガレの植物への関心は生命全体を繋ぐ生物の連鎖へ向く大きなスケールからなる。花の仕組み、生態、種の進化に対する理解が深まるにつれて、作品に投影される姿も光、大気、風邪など生育環境を取り込んだ表現へと移行する。

・葉脈と血管とのアナロジー。
・ガレが自らを「打ち震えるトンボの恋人」(「打ち震えるトンボ」というのは多分、V・ユゴーの言)と称していた。


 今回の訪問の大きな目的のひとつであった講演会は、北澤美術館の主任学芸員である池田まゆみさんによる。テーマは「ガレの庭 自然と象徴」。興味深かった点を箇条書きで記しておく。

・1868年のパリ万博ではバカラが金賞を受賞する。ガラス工芸や香水瓶などでフランスの先を行っていたイギリスの優位が転倒し始めたのがこの時期。

・菊のモティーフについて。菊は本来はヨーロッパには生育しておらず、日本からの取り入れたことによって一躍花としての人気を集める。カマキリもヨーロッパには存在していたもののそれを芸術に取り入れはじめたのは日本の美術工芸流入の影響が大きい。

・ガレはガラス工芸の地位を「芸術」へ高めるためにあらゆる手段を取る。そのひとつが、高貴な芸術に必要とされる目に見えない「観念」を象徴的にあらわすというもの。
 その「観念」のなかには「愛国心」もあった。当時のダヴィドやドラクロワに代表されるような物語画や歴史画による愛国心の創出が、ガラス器において試みられている。

 その方法のひとつが、モティーフを利用したもの。分かりやすい例でいえば、人物のシルエットを描いたものがある。ロレーヌ十字とアザミの花は、ナンシーの街が位置するロレーヌ地方の抵抗をあらわしている。
 花のモティーフを通じて表出する場合もある。《フランスの薔薇》にあらわれている薔薇は「ロサ・ガリカ」という品種であり、当時ドイツ軍に占領されていたサン・カンタンの山、丘の上にのみ咲く花であったという。

 また、より直接的な方法としては、詩や文学からの引用をガラスに直接刻みこむものもある。「ものいうガラス」と呼ばれ、賛否両論はあったようであるが、教養の深かったガレの文学に対する傾倒を見てとることができる。

 愛国心以外には、イヌサフランという植物を用いることで「キリストの復活」をあらわしたものや、短命のキノコで「命のはかなさ」や「再生」を表現。

・植物に関して。植物図鑑の科学的な描写には人間の魂が不在なのであり、象徴的な描写を行うことで自然に内在された「真実」を表現しなくてはならない。象徴とは、ひとつのイメージによってある観念を呼び起こすことである。

・19世紀末、ガレの作品はどのような人々が購入していたのか?実用性の高いバカラなどとは違い、ガレのガラス工芸はいわゆる「objet de fantaisie(趣味物)」であった。新興の中産階級や元貴族の中でも新奇性を好む人々だったのではないか。
・高島北海がガレのジャポニスムに影響を与えたとされることが多いが、ガレのジャポニスムは父親の代からすでに存在している。北海との交流はむしろ植物関連に大きくあらわれた。


 「自然と象徴」、というテーマは講演会の後半で少し触れられただけであったけれど、もっと深く掘り下げてみなければと思う。

2015/10/11

「最後の吉原芸者の記録~GEISHAとは何かを学ぶ講演と展示~」

 
日吉の来往舎で行われた講演会とドキュメンタリー上映。講演者は江戸文化研究家の安原眞琴さん。
 来場者はご年配の方が多い印象だった。お着物を召していらっしゃっている女性も。

 ご講演は色々学ぶことがあった。まず芸者の概念の説明。芸者というのは、舞踊や音曲などの芸を売りにして客をもてなす者のこと。
 吉原は政府公認の遊郭であり、遊女がいたからこそ芸のみを売りにする芸者という在り方が可能だった。逆に他の盛り場では芸者と称していても裏では身を売ることもあったので、本当の(?)意味での「芸者」が存在したのは、吉原のみだったという。

 続いて、みなこさんという最後の吉原芸者だった方に安原さんが密着して撮影したドキュメンタリー。すでに危機に瀕していて、芸を継ぐ人がほとんどいなくなっている状況で、まとまった映像に残されることは本当に貴重であると思う。約5年間にわたり取材が続けられ、みなこさんはこの映像の撮影が終了して数年後にお亡くなりになった。

 展示のパネルも興味深かった。これまで遊女の研究は多くあったのに対して、芸者については一部の好事家による趣味的なものを除いてはほとんど行われてこなかったとのこと。今後、色々な視点から研究する余地があるようです。もとより個人的には遊女のほうに主要な関心があったので、そちらでまず色々と読むべきものがあるのだろう…。
 初めて知ったのは、日本における遊女の起源は神話に遡るともいえるらしく、平安ごろまでは祭儀とも結びついて、ある種の「聖」性を纏っていたという。
 それから明治以降、西洋的価値観の流入によって建前では禁じながらも江戸以前の寛容さをずるずると引きずって暫くの間は黙認していたのだが、その政府の方針はダブルスタンダードであり、頭ごなしに否定することよりもたちの悪いものだったのではないかという指摘もされていた。


 見世物小屋の時にも感じたことであるが、廃れ喪われていくものについて、自分はただ眺めているだけで、何にも貢献できないというのはもどかしい。残された文書の記録と頭の中の記憶だけでは、限界がある。そして後の時代に残る我々がどう向き合っていくか。
 こうした性の絡む領域はとても面白いのだけれども、扱いは非常に難しいと思う。吉原は江戸時代には文化の拠点でもあったわけであり、現在の倫理道徳観でタブーと禁じてしまうことによって、見えなくなってしまう面があるのは確か。ただ、だからといって、「日本の文化」だとして積極的に肯定的な面ばかりを見ようとするならば、それはそれで孕まれている問題を見落とすことにもなる。何と言おうと吉原は遊郭なわけで、そこではれっきとした売春行為が行われていたわけだから。逸楽が生み出されるだけ、苦悩も闇も深くあった。しかしどういうわけか、未だ引き寄せられる人が多いのはなぜだろう。人の心の中か、あるいは土地に眠る記憶においてか、その昏い奥底からあらわれるものが、鈍く強い光を放っているからかもしれない。

2015/07/06

「幻想耽美―現在進行形のジャパニーズエロチシズム」展、トークショー(谷川渥・恋月姫・空山基) Bunkamuraギャラリー(と、人形についての覚書き)





Bunkamuraギャラリーで開催されていた、「幻想耽美―現在進行形のジャパニーズエロチシズム」展。現代の日本を代表するエロティック・アートの先鋭の方々の作品が揃う。
 現在の日本のエロティック・アートを概観するのにとてもよさそうな書籍があったのでメモとして。

☆相馬俊樹『魔淫の迷宮: 日本のエロティック・アート作家たち』ポット出版、2012年。
(タイトルにやや慄くが中身をめくったらとてもまじめな本であった。いつか手に入れよう。)

 関連イベントとして、美学者・谷川渥さん、恋月姫さん、空山基さんのお三方のトークショーもあり、参加してきました。(朝早く整理券を取りに行ったおかげで最前列を確保した!)
 トークショーの内容については、おそらく著作権の問題があるように思うので、取り上げられた話題のうちから個人的に特に関心の強かったトピックについて…と思って書き始めたら完全に少女論と人形論に偏ってしまった。


◆絵画に描かれた身体や、人形の身体について。「日本人離れ」の議論。谷川先生によれば日本人が肉体に対して持つコンプレックスによるものである(これらについては谷川先生の『肉体の迷宮』に詳しい)。この意識が歴然と存在していた時には、日本の人形において、顔は日本的、肉体は西洋的、という特徴を備えている作品が多かったが、最近の日本の人形については身体に対しても意識が向いているのではないか。
 確かに、日本人は他の国と比べても身体よりも顔をよく重視する傾向が強いというのは耳にするところ。人形にもそれが反映されているというのは興味深い。人形作家の制作する人形たちは、日本人がかつてコンプレックスとして隠そうとしていた平べったい、西洋的な理想美とは程遠い肉体を再現している。あたかも開き直るかのように。
 美術史的な意味における肉体コンプレックスについては男性についての話題が多いのかもしれないが、本展覧会に展示されるような現代のエロティックアートにおいて主題となるのは、女性の身体である場合が非常に多い。西洋人の身体に対して日本人女性が幼児に近い体型だと言われることがある、という事実と関連することかもしれないが、そこで肯定的に表現されるのは大人の女性へと成熟しきっていない身体、「少女性」である。なぜ少女なのか。これについては日本に特異な、女性による少女期愛好をめぐる少女文化あるいは男性による幼女愛をめぐるロリコン文化といった問題ともあわせて考えられるような気もする。(このふたつの系譜についてはいつかきちんと整理しなければならない。)

◆球体関節人形に関しては、谷川先生は日本の人形作家たちが制作する球体関節人形に対して疑問を持っているとのこと。というのも、ベルメールは人間の肉体には有り得ないところで分断し、球体関節を埋め込み、動かそうとすることで、身体のアナグラムを形成するというきわめて暴力的でスキャンダラスな試みであった。
 これに対して現代の日本における「球体関節」というものは人間の肉体における関節をそのまま球体として可動するものとしたにすぎない。暴力性がない(から、面白くない)。 
ちなみにこれに対して恋月姫さんは、「人形だから動かないと嫌」とおっしゃっていた。

 球体関節の問題は私自身、球体関節というものの奇怪な魅力に捕えられた日以来、ずっと考えている。確かに四肢が自在に動く球体関節人形は、ベルメール人形に比べてしまえば暴力性もエロス性も見劣りする…のかもしれない。
 しかしだからといって取るに足らないものと切り捨ててしまうと、球体関節がこれほど人形界に蔓延る理由が説明できなくなってしまう。そもそも、人間の関節と人形の球体関節とでは、見た目も、構造も、根本的に異なっている。人間の皮膚には、人形のような関節における切れ込みと断絶は存在せず、球体が露出してもいない。人形において、四肢や胴体は繋がっているとはいえ見た目としてはきれいに切断されている。球体関節は皮膚に覆われているのではなく、球体関節自体が関節以外の部分と同じ皮膚を持つ肉の部位なのである。

 人形作家が制作する作品としての人形だけではなく、SDをはじめとする愛玩用の人形たちにおいても球体関節で動く仕組みになっている。あらゆる人形が球体関節を持つのは、素材として動かすためには球体関節に頼らざるを得ない、あるいはポーズを取らせるというという便宜的な理由だけではなく、何か「球体関節」そのものに対する執着のようなものがあるようにしか思えない。技術の未発達の時代にはやむを得ずこの仕組みを利用したのかもしれないが(いや、でもベルメールからのインスピレーションを受けた四谷シモンさんが昨今の人形ブームの源流であるところからして、日本の人形作家さんたちがそもそも球体関節に対して全く無関心だった作家がいるとは思えないけれども)、仮に現在、見た目はビスクにそっくりであるが自由に曲げたり折ったりできる形状の素材(!)が発明されたとして、人形作家たちは球体関節を完全に捨て去ってしまうかと考えれば、もちろんそうする人もいるではあろうが全員がそうは到底思えない。球体関節を作るために人形を生み出す人というのがいてもおかしくはない。いまや球体関節そのものがフェティッシュと化している。
 人形においても球体関節ではないリカちゃんやBarbie、Blytheといった人形たちには深刻さとは無縁のどこかおもちゃめいたところがあり、バービー人形などは西洋人的なスタイルでセクシーとはいえても、暴力的なエロスとはかけ離れている(ように思う)。あるいは、実際に人間の女性を本物そっくりに再現したラブドールも、球体関節は存在しないものがほとんどである。生身の女性との直接的な性交渉を妄想するための道具として、本来有り得ないはずの「切れ込み」は不気味さを喚起こそすれ、「リアルな」妄想のためには妨げになるだけなのだろうか。

 男性に関しては分からないが、大人の女性において特に、女性のかたちをした球体関節人形に対する愛着を抱く人が多い傾向にあるように思う。ゴスロリやロリータファッションを好む女性が「人形のようになりたい」と発言しているのはよくみかけるが、彼女たちが「なりたい」人形は子どもの頃に遊んだリカちゃんやバービーではなくて、球体関節人形なのだ。ここ数年流行している「球体関節ストッキング」というのは、あれは一体なんなのか…、よく考えなくても奇妙な現象ではある。私たちはすでに自在に動かすことのできる関節と断絶の無い滑らかな皮膚に覆われた肉を持っているのに、なぜみずからあの不自然な球体関節を欲するのか。分断されたい、暴力的に犯されたい、というマゾヒスティックな、ある意味でナルシスティックな欲望によるものなのだろうか。それは現代社会の病理に冒された少女たちの変態的で倒錯的な欲求として片付けてしまうべきなのだろうか。…このあたりは身体論はもちろんのこと少女というテーマと関連させて考えられることだと思う。 


◆近年しばしば見かける、死体を模した人形とは何なのか。人形というのはすでに死んでいる(生命をもたない)存在であるのに、それに加えてなぜ人形によって死を表象するのか?(二重の死?)。
これについてもよく感じることのあるものだった。死んだように見える人形。瞳孔の開き切った天野可淡の人形をはじめとして、永遠の眠りにつくかのように見える恋月姫人形まで、死の薫りを漂わせる人形の系譜は連綿と受け継がれ、現在では人形をさらに痛め付けるようにして苦痛を味わわせるといった、(それこそ)暴力的とも言える工夫で死を表現している人形作品というのも存在する。あとは、これは少し毛色は違うがメズコトイズから出されている、死亡証明書付きで棺桶に入ったリビング・デッド・ドールシリーズ。ああなぜ私たちはこんなにも人形を殺したがるのだろうか…。

2015/01/21

巌谷國士 講演会「メルヘン-赤ずきん・狼・お菓子の家」



1月の第一週の休日、神奈川大学で巌谷國士さんの講演会が開かれました。仏文学者の巖谷國士さん、私はこの時点では『シュルレアリスムとは何か』のみしかまともに読んだことがなかったのですが、ほかの作品をわざわざ読まずとも、もう私が好きな方に違いないということはわかるのです…(いえ、読みます、ちゃんと…。)…というわけで講演会も迷わず行くことを決めました。乗り馴れた東横線で、白楽にある神奈川大学の横浜キャンパスへ。

 

最近、いくつかの大学を見て回ったりしているのですが、このキャンパスはまたこれまで訪れたことのあるキャンパスとは一風違った雰囲気が漂っていました。白楽駅周辺は飲食店、特にラーメン屋さんがたくさんあって、学生街らしい雰囲気もあります。

 

今回の講演会は、「AN ENCHANTED FOREST おとぎ話の森」展 (http://www.kanagawa-u.ac.jp/library/organize/exhibition/details_11805.html) に合わせて開催されたものらしく、事前に図書館でその展示を見てきました。貴重な原書や版画、甲冑のレプリカなど見るだけでメルヘンの世界にトリップできてしまうような、そんな展示品の数々。

それから現代作家の方の作品も含まれていて、小さいスペースながら見ごたえ十分な展示だったと思います。

 

充分に頭をメルヘン要素で満たしたところで、講演会の会場へ。こぢんまりとした教室で、巖谷さんの講演が始まりました。メルヘンが語られる場所は「森」を舞台とするものが多い、という点から始まり、おとぎばなしにおける森の役割についてのお話。日本語には「杜」という漢字がありますが、西洋においても森には「異世界」や「聖なるもの」という意味もある。

 

次に今回の講演会のテーマである童話「赤ずきん」についての解説と、考察。現在、絵本などで読み聞かせされている子供向けの読み物はグリム童話をもとにして作られたものですが、巖谷さんは初めて赤ずきんがおとぎばなしという形式をとってかたちを成した、ペローの作品のほうに注目します。こちらの方がもとの民話に忠実で、教訓や教育的な要素は薄く、不条理っぷりが直接的に表現されている。日本でも一時期「本当は怖い〇〇」「大人のための○○」シリーズみたいなものがはやったことがありますが、やはり民話伝承はエロくてグロくてエグいのが良いのです…。(もちろん、濁った心を澄ましてくれるアンデルセン童話は、私の中で特別な地位を占めるものではあり、これはこれで侵さざるべき領域であるのにもちがいないのですが。)

 

ガレットを届けに来た赤ずきんがおばあさんの家に入り、すでにおばあさんを食べてしまった狼が寝台に横たわり、おばあさんのふりをして赤ずきんの問いかけに答える有名なシーン。赤ずきんを自分の寝床へと誘う(そう、ペロー版では本当に隣に寝ろと言うのだそうです)際にかける言葉は、「腕が長いのはお前を抱くため」「口が大きいのはお前を食べるため」…、ここでの「抱く」という言葉はあからさまであるし、「食べる」についても、要はそういうことでしょう。

 

ここで強調するまでもないですが、やはり「食べる」という行為は実に、エロティックなものなのです。講演のキーワードの最後の一つである「お菓子の家」も、ようはこれは「食べる」ことが思うまま許されるはずの楽園のこと。本来であれば何かを食べることためには、それに見合う代価を払わなくてはならない。しかしお菓子の家は、じっと動かず何もしなくても、大好きな甘いものがいくらでも手に入るのです。こんなに「幸せな」空間もない。この楽園という空間については巖谷さんはフロイトの口唇愛期の例を取って説明していました。口唇期から抜け出せない人は酒やたばこや甘いものが好きだそうで…、気を付けなくてはなりません…。

 

講演にはスライドも用意されていて、これは童話の挿絵を中心にたくさんの図版が紹介されました。アール・ヌーヴォーの画家カイ・ニールセンの挿絵や、現代アーティストの「狼化する女性」をテーマにした作品の数々。

そのなかでも、ペローの童話の挿絵であるギュスターヴ・ドレの絵はひときわ異彩を放っています。妖しくて謎めいた絵は、ペローのお話に並置されることで、相乗効果を生み出すに違いなく、どれだけ魔を放つ迫力のある本に仕上がっていたことか想像するだけで心躍ります。そして、挿絵に描かれた赤ずきんの大人びていること…、どこかVamp妖婦のようにさえ見える。これはまさしく少女娼婦性であるともいえるかと思いますが、いつか昔話に登場する少女について、考えてみたいなと感じました。

最後はアンリ・ルソーの≪エデンの園のエヴァ≫で締め括り―。彼女ひとりの庭であるかのごとくに森を行き来する裸体のエヴァは、背負った罪など微塵も感じさせません。アダムはどこへいったのか。彼女の進む先には何があるのでしょう。植物と戯れ、月光に濡れたエヴァの姿がこんなにも魅力的だなんて…彼女の住む森は誰にも踏み入ることのできない聖域であるのかもしれません。

ルソーもまた、正規の美術の教育を受けていない、という点でギュスターヴ・ドレと共通するのですが、そのことが関係があるのかは知らないですが、女性を実に魅力的に描きます。今、この作品はポーラ美術館に展示されているみたいです。箱根に行きたい…。

 

最後に神奈川大学の生協書籍部が出張販売していたので、勢いづいて2冊も買ってしまいました。

『森と芸術』はタイトルそのまま、森をテーマにした絵画や文学などの芸術作品について美しい図版とともに語られる軽めだけれど読み応えのあるハードカバーの単行本。それから宇野さんの表紙の『幻想植物園 花と木の話』、こちらはいろいろな種類の植物ごとに、巖谷さんのエッセイが添えられた本。

『森と芸術』のほうに、巖谷さんのサインをいただきました。



 

それにしても今回の森の講演を聞いて、また森が好きになりました。昔から、森という場所に並々ならぬ憧れを感じます。海と森どちらかを選べと聞かれたら、間違いなく森を選びます。別に自然に囲まれて育ってきたわけではありませんが、森というものに対しては郷愁にも似た何かを感じてしまう。森の中を彷徨い歩いて、森という生き物の胎内に静かに取り込まれてしまいたくなる。

 

森は私自身がいつか還るべき場所であるような気がするし、死ぬなら波にのまれ火に焼かれるよりは、鬱蒼と茂った森の中で静かに栄養を吸い取られて、そのまま虫や微生物に分解されて、土に還りたいものです。そうして食物連鎖のサイクルに回帰すること…、私はことあるごとにいろいろな理想の死に方を妄想してしまう癖があるのですが、これはおそらく、私が初めてそう思った理想であったような覚えがあります。そしておそらく人に最も迷惑をかけることなく、なおかつ簡単に実現できる方法かもしれませんね。

2014/11/24

『見世物と土方巽』見世物学会記念シンポジウム




11月15日の土曜日に、三田キャンパスの北館ホールにて見世物学会のシンポジウムが開催された。
そもそも「見世物学会」なるものが存在すること、その総会とシンポジウムがうちのような大学で開催されるという事実は単純に面白い現象であると思う。
内容は見世物小屋の写真展示と、学会の総会、記念シンポジウム。慶應の土方巽アーカイブとのコラボレーションによって、「見世物と土方巽」をテーマとした企画である。



戦後、都市化が進行し、街から次々と陰や闇が消え、隅々までが日に晒されてゆくにつれて、方々からの「人倫」という観点からの非難が相次ぎ、見世物小屋は次々と出店停止に追いやられることとなった。
今では見世物小屋を実施可能な機会は、都内においては花園神社と靖国神社の、わずかふたつの祭りにおいてのみ。

現代ではタブーとされた、見世物小屋やサーカスの「倫理的な」是非は一旦、保留にしておこう。
問題は、出店停止へと追いやられてゆく理由や経緯について。
たったひとりの誰かの声により、警察や上の介入が入る。他の多くの人々が、もしかするとその人以外のすべての人々が、その上演を楽しみに心待ちにしている状況であっても、その声を上げたひとりの意見が通ってしまう。
周りは誰一人、そのことに不満の声をあげることはしない。厄介ごとに巻き込まれるのは嫌だから。面倒に首を突っ込むくらいだったら別に、見られなくても仕方ない。

シンポジウムの第二部で聞いたことであるが、これは見世物だけではなく、劇団でしばしば実施される「野外上演」についても同様のことが当てはまるという。
うるさくて迷惑だから。子どもに悪影響を与えるから。見ていて気持ちが悪いから。

苦情の内容は単純に、これらの自分の「不快」感をもとにしたもの。
野外上演を行うことのある劇団は今では、上演場所を確保することが非常に困難であるらしい。

このような状況もなんだかなぁ、と良い気分がしないことであるけれども、これに加えてまったく呆れてしまうようなことが。靖国神社の御霊祭りにおいては、若者のあまりの酒癖と振る舞いの悪さに見世物小屋のみならず露店が全店出店停止になったという。
個々人が酒にまみれ野放図に荒れ回る状況は論外である。しかし周りのひとびとも、遠巻きに眺めるだけ。
他への干渉を拒否すること。自分さえよければ周りの人はどうでも良いと開き直ること。自分のテリトリーは死守するけれども、それ以外であれば構わない。

このことは先ほど同様、見世物やら野外劇場が街から次々と淘汰されてゆく状況を反映しているような気がする。

見世物小屋を存続させるのが良いことなのか悪いことなのかはわからない。芸術や風俗文化に、弾圧はつきものである。そして社会の環境も人々の価値観も、常に同じであり続けることはない。それに合わせて、何か新しい方法での上演を模索してゆく必要も考えてゆく必要も少なからず生じるだろう。

しかし、見世物の危機とも言える状況下で、生まれたときから見世物小屋の子供として生まれ育ち、自分の一部のような存在として育ってこられたおじいさまやおばあさまが感情を堪え切れず涙していた姿が、脳裏に焼き付いている。ああこうして、社会も世の中も目まぐるしく変わってゆくらしい。
そんなふうにしてぼんやりと心に浮かんだ感情は、「他人事」の態度を取っている人々のそれと何ら変わりがないことに気が付いた。


社会とはいつも縁遠いところばかりをほわほわと漂っているので、こういうことを文章におこすことはなかなか慣れないし得意ではないし結局何が言いたかったのかは自分でも良く分からないけれどとりあえず感想を述べてみた。まだこれから見られなくなると決まったわけではもちろんないけれども、今年の夏、このようにちょうど何か一区切りがつきそうなタイミングで、靖国神社にてゴキブリコンビナートさんの見世物を見て、アマゾネスぴょんこさんの火吹きを見ることができたのは幸運だったかもしれない。私は個人的にはもちろん、見世物小屋は細々とでも構わないから、存続してほしいと願っている。花園神社には行けなかったけれど、川越や浦和のほうにも機会があれば足をのばしてみれたら、と思う。

記念シンポジウムの慶應のアーツセンターギャラリーの暗黒舞踏の土方巽とのコラボレーション、という今回の企画の趣旨はあまりにもナイスでした。この大学にいてよかった、と思える瞬間のひとつを久々にじっくりと堪能とした、誕生日の嬉しい贈り物でした。


2014/09/25

『種村季弘の眼』展 トークショー

「種村季弘の眼」展に行ってきた。板橋区立美術館、場所は西高島平…都営三田線の最果て。日吉で東急目黒線に乗るときに行き先表示でよく目にしていたので名前に馴染みはあったのだが、まさかこんなにもすぐ自分が行くことになるとは思わなかった。うーん、遠かった!駅に着いてからも美術館まではけっこう歩かされる。

土曜日の午後に行った理由としては、お目当てが当日のトークショーだったからだ。種村季弘の友人であった画家の方2人と、現在スパンアートギャラリーをされている息子さんの種村品麻さん(女性かと思った…)。旧知の仲だった2人と、息子さんということで非常にほんわりゆるゆるっとした感じのトークショーでした。内容はまあ、ほとんどが「怪人」と呼ばれた種村さんのエピソードについて。中身はほとんど無いといってもよいレベルではあるけれど、それでもこういうのって、故人の生前が見えるようで、なかなか楽しいんだよね。作品を読むときにも意識するようになったり、著者に対してより感情が入るようになったりするのだ。温泉や居酒屋好きといったほほえましいエピソードを聞いた後では、どんなに真面目でおっかないような本も、人間味が感じられてちょっと親しみやすくなるのかも。

お客さんたちはなかなか良い年の方ばかりで、私が一番若いかも…?!というくらいだった。挨拶を交わしたり、「ああお久しぶりです」なんて言い合っているような方々が多いところを見ると、どうやらかつてつながりがあったかそういうコミュニティのなかのひとたちなのか、それぞれの親族の方とかなのかもしれない。会場は全体的になかなか盛況で、席も足りなくなってしまっていた。私もこうした中の一員になりたいなぁ、って強く思うのでした。せっかくなんだからちょっとくらい誰かに接触してみようかなぁと思ったりもするのだけれど…、なかなか勇気が出ないね。


本当はぜひとも、10月4日にあるらしい仏文学者の巖谷國士さんの講演が聞きたかったのだが…、まあ、研修会があるのでやむを得まい。


ひとりの文学者というか美術評論家というか、…彼の肩書はなんというんだろう、まぁいいやそれでも、そんなひとりの人間がテーマになって、ひとつの展覧会ができてしまうなんてかっこいいなぁ。怪人だからこそだろう。澁澤に関してもそうだけれど、名前を聞くだけで、「こういうジャンル・領域・雰囲気」というのが分かってしまうというのは、ものすごいことだ。私もそういうのを大成させたいものだ。おお…そうかなるほど、それを人生の目標として据えればよいわけだな!絵空事だなぁ。


そうときまれば、さてと、お勉強しなくちゃならないな。さっそく巖谷さんと種村さんの書籍をAmazonで購入したぞ。まずは魔術的リアリズムから…。