2016/10/02

宮本隆司「九龍城砦」+トークイベント キヤノンギャラリーS(品川)


 
 
  九龍城砦、という名はこの展示の案内をみるまで聞いたことがなかったのだろうと思う。もしどこかで目にしたり耳にしたりする機会があったなら、そのときに興味を持たなかったはずはないから。
 
 香港を旅行で訪れたのは中学生の時だったから記憶もかなり曖昧ではあるが、香港の超高層建物群にただただ圧倒されたことははっきりと覚えている。その建物はオフィスだけではなくて古くからある一般の人々の住居。十を優に超えるほどの階数があるのに、エレベーターがないのだとか知らされたり。
 
 「100万ドルの夜景」だなんてまったく素敵でもない表現で世界三大夜景のひとつに数えられてはいるけれども、さしてロマンチックな気分になどなれず、心が不穏に掻き乱されてざわついたのを思い出す。
 
 
 私が訪れた時にはこの九龍城砦はもうすでに解体されてしまっていたけれど、今思うとその気配は街全体に微かに残っていた…という気がするのはさすがに後付けの妄想の投影だろうか。
 熱気、混沌、欲望。あらゆる要素が混在して黒々と渦巻く城砦の怪物的な様相に、写真を通して見るだけでも思わず声を失ってしまう。このとてつもない空間が、小説や映画をはじめ様々な芸術家たちの霊感源となっていたことは容易に肯ける。川崎には九龍城砦をモデルとしたアミューズメントパークがあるというし。(http://matome.naver.jp/odai/2137081929174999701
  
 
 展覧会の概要解説には「アジアン・ゴシック」とあり、「チャイニーズ・ゴシック」などの用語は私は勝手に一般化していると感じていたのだけどどうやら全然そうではないらしかった。でもこの言葉は九龍城砦という空間を巧みに形容していると思う。
 押井守が『イノセンス』の世界を創り上げる時に、都市の設定は「中華ゴシック」にしようと決めたというエピソードは、彼の『イノセンス創作ノート』(徳間書店、2004年)に記述がある。同様の世界観として『ブレード・ランナー』を嚆矢とする系譜がもちろんあるだろうが、この九龍城砦にもかなりの影響を受けているのは間違いないのだろう。(あとは、「Asian Gothic Label」という名前のアーティストがいるそう。)
 
 
 西欧において「アジアン・ゴシック」的な雰囲気に対応するのは、私のステレオタイプ的なイメージでは、中世。まさしくゴシックの時代。
 しかしアジアにおいてみられる「ゴシック」という言葉に託されたイメージは近代化の過程で生じてきたもの。天に焦がれるかのように高く聳える教会の円塔は、ここでは人の溢れた地上とは反対に重力に逆らってただ上へ上へと伸び行く摩天楼。勿論、天上に神など存在してはいないのだけれど。
 
 
 
 ちょうどタイミングがあったのでトークショーも聞くことができた。宮本隆司さん×巽孝之先生。以下、メモ書き。
 
・「境界の解体」―サイバーパンク、スリップストリーム
W・ギブスンが九龍城砦を取り上げる。国境を含め様々な境界が解体。
 
・ジョージ・スタイナー“extra territorial”(治外法権)⇒「脱領域」(by由来)
亡命作家、多言語使用、母語以外で執筆する作家
e.g. ナブコフ、エリオット、ヘミングウェイ…
 
・「橋」のモティーフ
・樹上建築からのインスピレーション?
 
・赤瀬川源平『超芸術トマソン』に登場、ギブスン『あいどる』(1996)
・白金のギーガー・バー
 
・廃墟が逆説的にも孕む有機性・生命力。
 パイプ・コードや壁に這う蔦などの植物。増殖し続け、未完成(結)でもある
 
・「権威」ではなく、「悪」の象徴としての建築(群)
 無法地帯―ユートピア性、どこにも帰属しないこと。難民の逃避先
 
 

■開催概要
本展は、写真家宮本隆司氏による写真展です。
かつて香港の九龍地区にあった高層スラム、九龍城砦を撮影した写真約50点を展示します。
無法地帯、迷宮と呼ばれ、4万人が息をひそめて棲む巨大コンクリートスラム 九龍城砦。この地に流れ着いた人々の生活を写し撮り、スラムの状況を今に伝えます。現代の無秩序と闇の具現体である九龍城砦が、宮本氏の操る光と影によって見事に再構築されました。
九龍城砦が取り壊された現在、想像を絶した謎多き空間を新たに提示する貴重な作品となっています。作品はすべてキヤノンの大判プリンター「imagePROGRAF」でプリントし展示します。


■作家メッセージ
九龍城砦が消滅してから20年が過ぎた。
香港に鎮座していたアジアン・ゴシックと称される高層スラム、九龍城砦が今でも話題になることがある。
あの巨大コンクリートスラムの建造物が意味するところは一体、何だったのだろう。
2.5ヘクタールの土地に4万人もの人々が暮らしていた巨大高層コンクリートスラムは、悪の巣窟、魔の具現体としてさまざまな表現媒体で繰り返し象徴的に描かれ語られてきた。
現代の魔窟、アジアン・カオス、無法地帯と恐れられながら悪と魔性の象徴として映画、劇画、SF、ゲームの世界でしぶとく生き続けてきた。
数々の謎と伝説をまとった九龍城砦は、困難な歴史を背負った無数の人々がたどり着いた極限の住居集合体であった。
東アジアの香港に出現した、中国人の集合的無意識の結晶体であった。
人々が生活し、まだ生きていた九龍城砦を改めて見つめ、その存在を問い直してみたい。

http://cweb.canon.jp/gallery/archive/miyamoto-kowloon/index.html [2016/07/07]

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