2016/06/04

「―終わりと始まり― 金子國義展」Bunkamuraギャラリー、「金子國義 × コシノヒロコ そこに在るスタイル~ネコとヒロコ~」KHギャラリー銀座


 
 
 「美貌の翼」の展示から、1年が経った。「―終わりと始まり―」、何かの終わりはまた別の何かの始まりでもある。
 
 今回の展示には、少年と青年の絵が多くを占めていたのがとても印象的だった。アリスの挿絵や「お遊戯」の写真集に代表されるように、金子國義の作品は少女や大人の女性をテーマにしたものというイメージが一般的には強いが、華奢で儚げな少年や筋骨逞しい男性の裸体の絵も多く描かれている。
 初期には少女の絵が中心であったようで、1964年に青木画廊で開かれた金子國義の最初の個展「花咲く乙女たち」には少年を描いたものがわずか1点しかなかったということ。
 
 金子國義の少女は孤高である。男性に媚を売るのでもない。女性の自己投影的な感傷を引き受けるでもない。
 そんな少女を「作品」として生み出せる人は、制作者の性別を問わずそう多くはないと思う。彼の少女に対する態度には、やや入り組んだものがあったのでは――というようなことを感じたのは、自伝『美貌帖』を読んだときだった。
彼女たちの大人びた可愛さ、崇高なエロティシズム、光のなかの影、そんな対立するものが調和する一点に惹かれる。そういう匂いを感じとれる人に出会うと、どうしても作品にしないと気が済まない。だから僕は画家でありながら、それが職業だという意識はない。本当に好きなもの、僕自身が陶酔できる作品しか描けないのである。
 
僕は女を描く時、自分自身ではないかと錯覚する。描いているものが狂気をはらんだマダム・エドワルダであろうと、純真無垢なアリスであろうと、みな無意識のうちに僕自身になってしまう。フローベールが「マダム・ボヴァリーは私だ」と言った意味で、キャンパスの女主人公(ヒロイン)たちも僕なのであり、僕たちは彼女を描く時、幼年時代の夢想とその変形である女たちの夢想との二重の夢想を生きるのだ。 
 
 金子にとって女性モデルは、彼自身の「好き」で「陶酔できる」ものをあらわす人間でなくてはいけない。そして、そうして画布に写し取られたその女は、金子自身である。キャンバスが鏡であるかのように。(奇しくも、『美貌帖』の冒頭に置かれたのは、鏡に関する記述であった。)
 
 一部の隙もない閉ざされた美の世界の中で、磨かれ、確立していった、画家の人間像。幼い頃から見ていた母親や姉から得た影響も大きいだろうが、もしかするとそれは一種の究極的な自己愛の結晶でもあったかもしれない。少なくとも単なる異性愛の欲望の対象としての女性であったわけではないということは確実である。
 この考えは、金子國義が女装をして踊っている映像を見たときにより一層強化された。(その映像自体は宴会芸のようなふざけたものではあるのだけれど、)美しく着飾り化粧をして舞う姿を目にして、思わず息を呑んだ。彼自身の顔や身体が、彼の描く女性たちに、まるでそっくりだったから。
  
 孤高の少女が彼の姿であったとするならば、描く人物が少女から少年や青年へと移行していったことにも何らかの意味を読みとってしまいたくなるのであるが、どんな推測をめぐらせても野暮なものにしかならないだろうからここには書かない。彼の作品の傾向が時代ごとにどのような変遷を辿っているのかを把握できているわけではないし、少年の作品を初期に描いていなかったというわけでもないだろうけれども、彼の、人間というものに対する見方を追ってみるのは面白いかもしれない。

ある頃から、僕の中では主人公が女性から男性へと変化していた。しかしそれは次第にであって、突然ではなかった。
[…]この頃、青年像を描くときには、アメリカの1950年代のハイスクールの放課後や少年院の出来事を意識して描いていた。キリスト役の少年や、セバスチャン役の少年がキャンバスに登場した。そこには、僕が通っていた聖学院の風景画ダブルイメージとなって現れていた。  
 
 
 64年の個展で、ひとつだけ展示されていた少年の絵。それを購入したのが、画廊を訪れたデザイナーのコシノヒロコであった。彼女は、そこに描かれた少年はまさに金子自身だと感じたという。
 
 
 銀座にあるコシノヒロコのギャラリーではBunkamuraでの展示とほぼ同時期に、金子國義の一周忌の回顧展が行われていた。あまり大々的に周知はされていなかったのか、日曜の午後にもかかわらず鑑賞者は私ひとりだった。
 コシノヒロコのコレクションを中心とする金子國義の絵画が、彼女の描いたスタイル画とともに展示されている。両者に通底する美学がある。
 
 




 
 右に置かれたタブローは、彼の絶筆であるという。これを見ていると、まだこれからも次々と、美しいひとたちが生まれてくるのではないかという気がした。
 
 


 
 
イルミナシオン
イルミナシオン
posted with amazlet at 16.03.27
金子國義
バジリコ
売り上げランキング: 14,546

0 件のコメント:

コメントを投稿