2016/02/02
「清水真理 作品集出版記念個展 「Wachtraum~白昼夢~」」スパンアートギャラリー
清水真理さんの個展。
「アリス・イン・ドリームランド」の映画は残念ながら劇場公開時には見ることができなかったが、それに出演していた人形たちが何体か。黒色すみれのBGMが似合う。
清水さんの作品は、「目」が好きなのである。澄み切って、きらきらした、ガラスの瞳。
久々に銀座人形館へも立ち寄った。あまりに恋月姫作品らしい少女の人形3体に、目が吸い寄せられて離れなくなりながら、ソファに無造作に投げ出されているからまさかとは思って、だけど聞いたらやはり、恋月姫の作品だった。しばらくお話した。
2016/01/28
「旅と芸術――発見・驚異・夢想」展 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館の企画展「旅と芸術――発見・驚異・夢想」。間に合わないかと思っていたが最終週に駆け込めた。
監修が巖谷國士さんで、2011年に庭園美術館で開催された「森と芸術」に続くテーマ展ということなのかもしれない。
おそらく同じ言葉を設定しても監修者によって展示の構成は大きく変わってくるのだろうが、今回の「旅」から連想されて収集されたものは、巖谷さんの趣味と色がかなり強く出ているように思う。実際に展示室を回っていて、彼のこれまでの著作のなかを散策しているような気分になった。今回の展示における「旅」は西欧、それも特にフランスを起点として想定しているものが中心。
展示は大きな6つの章からなり、それぞれの章が3つほどの部屋に分かれ、その部屋ごとに小さなテーマが設定されている。大航海時代の「驚異」からはじまり、グランド・ツアー、エグゾチズム、オリエンタリズム、自然、鉄道、観光、架空の世界、童話、「内なる野生」の発見…。各々のテーマに合わせ、主に国内の美術館所蔵の絵画、版画、写真が並べられている。作品数は200を超えていた。
これらのテーマはそれ単独で本が容易に一冊も二冊もかけてしまうような大きなものだと思うから、展示はざっくりにならざるを得ず、見る側も集中して作品と睨めっこして、というよりは、ふらふらと愉しみながら眺めて旅気分に浸る、という鑑賞態度になると思う。けれどその中でも、色々と気付かされる点や興味深い点がいくつもあった。
「驚異」やエグゾチズムやオリエンタリズム、鉄道のあたりは世界史の図説の「世界の一体化」の頁に興奮して思いを馳せていた、高校生の頃の自分に見せてあげたかった。コンスタンティノープルのセピア色のパノラマ写真や、観光地に向かう鉄道会社のポスター、地中海の陽射しによる鮮烈な色彩を反映した絵画などを目にしていたら、当時も少しは美術に関心が持てていたのではないかとも思う。
それからシュルレアリスムや童話を、自身の無意識や空想の世界への「旅」と捉えるのは巖谷さんらしく、面白い。このテーマだけでひとつ企画展を開催して欲しいくらい。
北浦和にある埼玉県立近代美術館には初めて訪れたのだが、美術館は公園のなかにあり、写生をしている女性がいたり、子供が遊んでいたり、と長閑な光景が広がっていた。
ちなみにここは椅子のコレクションで有名であるらしい。たしかに、いたるところに面白そうなかたちの椅子があったし、MoMASコレクションの展示にも収蔵している椅子を集めたコーナーがあった。だだっ広い空間に、ひたすら20世紀初頭ごろから現在までの椅子だけを集めて順番に展示していくのもやってくれたらと思ったり。すでにあったりするのだろうか。
2016/01/26
「プラド美術館展」 三菱一号館美術館
三菱一号館美術館で開催中のプラド美術館展。15世紀から19世紀までの作品を中心として、ルネサンス、マニエリスム、バロック、19世紀とおよそ年代順に並べられた展示。プラド美術館の所蔵は王室によるコレクションを中心としており、時代の王の趣味が収集を左右したことから、時を経るごとにコレクションの性格も徐々に変わっていく。特に、1700年のハプスブルク王朝からブルボン王朝へ移行したことによる影響は大きく、宮廷へもフランスの画家たちが流入してきたという。
有名どころとしては、エル・グレコ、ルーベンス、メングス、ムリリョ、ベラスケス、ゴヤなど。今回の展示の主旨でもあったそうだが、全体的に小さいタブローのものが多い。ボスの作品のひとつで、日本初公開の《愚者の石の除去》がこの企画展での一番の推しであったようだ。
個人的には、ヤン・ブリューゲルの静物画や風景画をいくつかみることができたのが嬉しかった。全体的に、巨匠の宗教画や神話画というよりも、名も知らなかった画家の、静物やヴァニタス画、風俗画の、ちょっと「外れた」ような描写にふと目が留まる、ということが多かったように思う。単純にスケールの問題かもしれないが。
有名どころとしては、エル・グレコ、ルーベンス、メングス、ムリリョ、ベラスケス、ゴヤなど。今回の展示の主旨でもあったそうだが、全体的に小さいタブローのものが多い。ボスの作品のひとつで、日本初公開の《愚者の石の除去》がこの企画展での一番の推しであったようだ。
個人的には、ヤン・ブリューゲルの静物画や風景画をいくつかみることができたのが嬉しかった。全体的に、巨匠の宗教画や神話画というよりも、名も知らなかった画家の、静物やヴァニタス画、風俗画の、ちょっと「外れた」ような描写にふと目が留まる、ということが多かったように思う。単純にスケールの問題かもしれないが。
昼の部。
夜の部。
2016/01/03
『無憂宮 SANS SOUCI: 恋月姫人形作品集』
恋月姫
河出書房新社
売り上げランキング: 208,554
河出書房新社
売り上げランキング: 208,554
彼女らの瞳(開いていようと、閉じていようと)は自分の身体を見るようにと誘いをかけてくるにもかかわらず、観者の視線をその内奥へと貫入させることを断固として拒絶する。行き場を失い宙吊りとなった視線を、逸らす先には肢体に刻まれた無数の関節の切れ間。性器と同等の役割を負ういくつもの裂け目は、これを侵し分断するという暴力的な衝動を喚起させずにはいない。しかし観者の想像の中でどれほど彼女らに対する凌辱の限りが尽くされようとも、ひとつの切れ目も残さぬよう全てをバラバラに寸断しようとも、その頭部も、四肢も、手首や指の一本においてさえも、彼女らが纏う女王の威厳が損われることは決してないだろう。
その唇は娼婦のように淫靡な艶を放つ一方で、固く閉ざされた蕾の乳房は少女のそれである。肉体の豊満さを見る者に誇る女神でもなく、慎ましやかに羞らいを見せる乙女でもなく。徹底して視線の客体であるのに、一方的な慾望の対象では在り得ないにとどまらず、その慾望を攪乱し見る者に当惑を引き起こす。諸々のアートのジャンルの狭間に位置するような人形という存在を言語化することは甚だ困難なこころみであるけれど、このような在り方の身体が、主に西欧と異なる文脈に存する東洋という場所で、客体としての役割を引き受けてきた女性を中心に好まれているという事実が語るものは大きいと思う。
……
恋月姫の既刊の写真集と見比べてみる作業もそのうち。少なくとも直感のレベルにおいて、何かしら、違っている、という感覚はある。
2015/12/21
展覧会(2015年8月-12月)
今年が終わってしまう前に整理したかったので、足を運んだがこちらに更新することができなかった展覧会をメモしておく。(殆どTwitterに残してはいるけれど。)おそらく、今年の8月ぐらいから。基本的に要領が悪いので、今年も本当にどうしても興味のあるものにしか行けずに終わった。
他にもし行ったのを思い出したら追加。気が向いたら各々の展示についてコメントを加筆する予定。
■「アーティスト・ファイル 2015 隣の部屋」 国立新美術館
■「日本のアニメ・マンガ・ゲーム展」 国立新美術館
■「動きのカガク展」 21_21 DESIGN SIGHT
■「機動戦士ガンダム展」 森美術館
■「ディン・Q・レ展」 森美術館
■「画鬼暁斎展」 三菱一号館美術館
■「蔡國強展:帰去来」 横浜美術館
■「No Museum, No Life? これからの美術館事典」 国立近代美術館
■「寺山修司 劇場美術館」 東急百貨店本店
■「にっぽんだぁいすきてん vol2.」 八芳園
■「ニキ・ド・サンファル展」 国立新美術館
■「万華鏡展2015」 Bunkamuraギャラリー
■寺山修司記念館
■安蘭個展「Baroque Pearl」 森崎里菜展「dress」 ヴァニラ画廊
■「ウィーン美術史美術館 風景画の誕生」 Bunkamuraミュージアム
■「トレヴァー・ブラウン&三浦悦子二つの聖餐 -闇から光へ-」 Bunkamuraギャラリー
■「東京アートミーティングⅥ "TOKYO"-見えない都市を見せる」 東京都現代美術館
■「オノ・ヨーコ|私の窓から」 東京都現代美術館
■「天野可淡展」 マリアの心臓
■「SHUNGA 春画展」 永青文庫
■慶應義塾大学文学部創設125年記念展示「モノがたる文学部 資料にみる人文学研究」 三田図書館展示室
2015/11/15
「FOUJITA」、MOMAT コレクション特集・藤田嗣治全所蔵作品公開
昨日はモネさんの誕生日でもあったので、丁度開催中の「モネ展」を観に上野を訪れようと思ったけど、激混みだろうと予想してやめた。代わりに日中は、藤田嗣治に会いに行った。ユーロスペースで、昨日公開の映画「FOUJITA」の後に、国立近代美術館の全所蔵作品展示。彼は、なぜなのかわからないけど、妙に惹かれてしまう画家のひとり。
国立近代美術館に収蔵されているフジタの作品の中には、第二次世界大戦の最中に描かれた戦争画が多くを占めている。
私はたった去年くらいまで、フジタの絵については、かつてポーラ美術館でみたことのある、愛くるしい猫たちや乳白色の肌を持つ女性、子どもたちといった柔らかくて優美な作品を描く画家だという印象しかなく、初めて彼の戦争画を見た際には両者のあまりの落差に、酷く衝撃を受けたのを覚えている。
その落差というのは、両時期の色彩の差異を示すような形で、映画「FOUJITA」のなかでも明示的、意識的に描き出されていた。ただ、作中ではその差は単なる断絶としてしか描かれていないような気もした。パリ時代と戦争画時代の間には彼の中で何らかの心境の変化もあったのは当然であろうが、しかしそう考えたくなる一方で、ドラクロワのような巨匠に憧れていたということからもわかるように、とにかく絵に対する、描くことに対する底知れぬまでの貪欲さという、彼の中での一貫した何かがあるようにも思う。戦地に従軍し取材をした後に綴られたフジタの言葉は、目の前で見た凄惨な光景に対して発するにはあまりに無邪気な感嘆であって、戦争さえも自分の絵をさらなる高みへと至らせるための素材と霊感を与えてくれる、ひとつの手段としか考えていないふうにもうかがえた。
国立近代美術館に収蔵されているフジタの作品の中には、第二次世界大戦の最中に描かれた戦争画が多くを占めている。
私はたった去年くらいまで、フジタの絵については、かつてポーラ美術館でみたことのある、愛くるしい猫たちや乳白色の肌を持つ女性、子どもたちといった柔らかくて優美な作品を描く画家だという印象しかなく、初めて彼の戦争画を見た際には両者のあまりの落差に、酷く衝撃を受けたのを覚えている。
その落差というのは、両時期の色彩の差異を示すような形で、映画「FOUJITA」のなかでも明示的、意識的に描き出されていた。ただ、作中ではその差は単なる断絶としてしか描かれていないような気もした。パリ時代と戦争画時代の間には彼の中で何らかの心境の変化もあったのは当然であろうが、しかしそう考えたくなる一方で、ドラクロワのような巨匠に憧れていたということからもわかるように、とにかく絵に対する、描くことに対する底知れぬまでの貪欲さという、彼の中での一貫した何かがあるようにも思う。戦地に従軍し取材をした後に綴られたフジタの言葉は、目の前で見た凄惨な光景に対して発するにはあまりに無邪気な感嘆であって、戦争さえも自分の絵をさらなる高みへと至らせるための素材と霊感を与えてくれる、ひとつの手段としか考えていないふうにもうかがえた。
ともあれ、とても気になる存在だから、いつか色々と読んでみなくてはと思う。
同時開催中の「Re: play 1972/2015―「映像表現 '72」展、再演」と、メルロ=ポンティを案内人とした小さな展示「てぶくろ|ろくぶて」も面白かった。後者は一点透視図法、「さわる」こと、といった人間の行為を作品を通じてあらためて考え直すという趣旨の企画。
2015/10/11
「最後の吉原芸者の記録~GEISHAとは何かを学ぶ講演と展示~」
来場者はご年配の方が多い印象だった。お着物を召していらっしゃっている女性も。
ご講演は色々学ぶことがあった。まず芸者の概念の説明。芸者というのは、舞踊や音曲などの芸を売りにして客をもてなす者のこと。
吉原は政府公認の遊郭であり、遊女がいたからこそ芸のみを売りにする芸者という在り方が可能だった。逆に他の盛り場では芸者と称していても裏では身を売ることもあったので、本当の(?)意味での「芸者」が存在したのは、吉原のみだったという。
続いて、みなこさんという最後の吉原芸者だった方に安原さんが密着して撮影したドキュメンタリー。すでに危機に瀕していて、芸を継ぐ人がほとんどいなくなっている状況で、まとまった映像に残されることは本当に貴重であると思う。約5年間にわたり取材が続けられ、みなこさんはこの映像の撮影が終了して数年後にお亡くなりになった。
展示のパネルも興味深かった。これまで遊女の研究は多くあったのに対して、芸者については一部の好事家による趣味的なものを除いてはほとんど行われてこなかったとのこと。今後、色々な視点から研究する余地があるようです。もとより個人的には遊女のほうに主要な関心があったので、そちらでまず色々と読むべきものがあるのだろう…。
初めて知ったのは、日本における遊女の起源は神話に遡るともいえるらしく、平安ごろまでは祭儀とも結びついて、ある種の「聖」性を纏っていたという。
それから明治以降、西洋的価値観の流入によって建前では禁じながらも江戸以前の寛容さをずるずると引きずって暫くの間は黙認していたのだが、その政府の方針はダブルスタンダードであり、頭ごなしに否定することよりもたちの悪いものだったのではないかという指摘もされていた。
見世物小屋の時にも感じたことであるが、廃れ喪われていくものについて、自分はただ眺めているだけで、何にも貢献できないというのはもどかしい。残された文書の記録と頭の中の記憶だけでは、限界がある。そして後の時代に残る我々がどう向き合っていくか。
こうした性の絡む領域はとても面白いのだけれども、扱いは非常に難しいと思う。吉原は江戸時代には文化の拠点でもあったわけであり、現在の倫理道徳観でタブーと禁じてしまうことによって、見えなくなってしまう面があるのは確か。ただ、だからといって、「日本の文化」だとして積極的に肯定的な面ばかりを見ようとするならば、それはそれで孕まれている問題を見落とすことにもなる。何と言おうと吉原は遊郭なわけで、そこではれっきとした売春行為が行われていたわけだから。逸楽が生み出されるだけ、苦悩も闇も深くあった。しかしどういうわけか、未だ引き寄せられる人が多いのはなぜだろう。人の心の中か、あるいは土地に眠る記憶においてか、その昏い奥底からあらわれるものが、鈍く強い光を放っているからかもしれない。
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